2008年11月22日

スイス映画「マルタのやさしい刺繍」

スイスで大ヒットした映画です。(ドイツ語あとちょっとのフランス語)

時間をやりくりしてやっと見に行くことができました。

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原題は"Die Herbstzeitlosen"

コルチカムという花の名前で、直訳すると「秋の時知らず」

花の少ない秋に咲くので、人生の秋を迎えてからもう一花咲かせる主人公達の象徴にもなっています。

舞台はスイスのエメンタール地方(エメンタールチーズが有名)というまだまだ封建的で、敬虔なカトリック信者の多い片田舎の町。

夫に先立たれ悲しみからすっかり鬱状態になりひきこもっている80歳のマルタ。

たのまれていた村のコーラス団の団旗の修理材料を調達するためにバスに乗って、ベルンへでかける。
ベルンの生地屋で、美しい色とりどりのレースやシルクの布を見て、さわっているうちに、若かりし頃の夢を思い出す。

それはパリのシャンゼリゼに自分で縫いあげた美しいランジェリーのお店を出すこと。

それは夫からあきらめてくれと頼まれ、かなわなかった夢。

彼女はその夢を今こそかなえるべく、鬱状態からたちなおり、行動を開始する。

とはいえ、小さな、因習深い村のこと、ランジェリーショップなんていかがわしいと村の人たちは罵倒したり、軽蔑したり、いやがらせをしたりと前途多難。

牧師をしている息子のヴァルターも、「いい歳をしてみっともない!」と母親の夢を理解しようとしない。

唯一の理解者で協力者のシングルマザーのリジー。
彼女もアメリカかぶれと陰でいわれている。

最初は批判的だったフリーダとハンニ。

フリーダは元社長夫人で夫に先立たれたあと、大金をはらって高級老人ホームにいるが、皮肉屋で、かたくなな心でまわりとうち解けようとしない。

ハンニは牧場の仕事をしながら車椅子の夫の介護をしているが、その通院に車で往復3時間かかるのため、運転をいやがる息子フリッツに、自分の仕事のさまたげになるから、遠くの老人ホームへ行けといわれる。

4人の老女それぞれが決して幸せな境遇にいるわけではない。

親子関係も子が親を一方的に押さえつけている。


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決して声高に主張はしないけれど、村人の非難やあざけりをさりげなく受け流し、困難に立ち向かい、自分の夢をあきらめずに実現させようとするマルタ。

昔習った下着作りを思い出すためにミシンと格闘し、彼女が作りあげたランジェリーはとても上等で気品があって、そして美しいものだった。

彼女の姿にいつのまにかフリーダもハンニもそれぞれ新しい一歩を踏み出すために、マルタをサポートするようになる。

夫と二人で自立するため、通院の車を自分で運転できるようにと、教習所へ通い始め、息子フリッツの横槍には家出で対抗するハンニ。

老人ホームの職員や同じ入所者に協力をあおぐことで他人に心をひらいていくフリーダ。
彼女はホームのパソコンクラブでインターネットを習い、村では誰も買ってくれないマルタの下着をネットで売ることを考えつく。

その際、製品に特徴を持たせようと、下着1枚1枚にエメンタール地方独特の小さな刺繍をいれることにした。

それが評判をよんで注文がたくさんくるようになる。

刺繍が間に合わなくなり、フリーダのホームの刺繍クラブの人たちに応援を頼むなど村人をまきこんでいく。いつしか批判的だった人たちの中にも理解者が増えていく。

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順調に見えるその中、最後までのこる敵が息子達、ヴァルターとフリッツだった。


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これはマルタの店からヴァルターがランジェリーを撤去し、ゴミ箱に捨てたのを夜中に4人で回収に行く場面。

4人の老女がへこたれないでしたたかに生きている象徴的なシーン。

ついに男性コーラス大会の日、マルタは息子達と対決する。

、、、、、、、このあとは是非映画をご覧下さい。

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私の年代としてはこの映画、二つの違う視点から見ることができました。
いずれくる未来の自分の老年期のモデルとしてのマルタたちの視点と、老親の介護を考える子供達世代の視点からと。



もう歳だから、年甲斐がないから、、と一体いくつのことを歳をとるとあきらめなければならないのだろうか、と漠然と老年期は孤独な物、暗く寂しいもの、、と考えていたのですが。

自分で自分を「老人」という枠におしこめて、(だれもそうしたってほめてくれるわけでもないのに)人目だけを気にしてすごすことが果たして「生きている」といえるのかどうか。

生きているとは、少しの勇気があって、自分のしたいことがあって、困難と闘いながら実現しようとすること。
それは歳をとっても同じはず。

実際には、歳をとってから健康体であるとは限らないし、したいことを続けるモチベーションをどこまで保てるかわからないけれど、なにかの拍子にこの映画のテーマを思い出せたら、、と思う。

(97歳でミニミニキューピーの洋服をお孫さんのお店のために編み続ける元気なひさのちゃんがマルタにかさなります。キュートです。かくありたいものだな〜。)

次に息子世代の視点から。

この映画では夢を叶えようとする老人たちを押さえつけ、物事を決める権利を徹底的に否定する「悪役」になっています。

でも今、私はこちらの世代に属するので、ついつい感情移入をしてしまいます。

仕事に脂ののっている一番忙しい責任の重い世代であり、親を思わないではないのだけれど、つい自分の都合を優先させるために頭ごなしに「勝手なことをするな!」とコントロールしようとする、、、。

思い当たることがないではないので、少し我が身を反省。

年寄りをなにもできない幼児扱いをするのはまちがっている。

親だと思うとよけいに遠慮なく抑圧してしまうのはつつしまなければ。



最後に、村人も息子達も思わず拍手を送ってしまうマルタの言葉。
かみしめたいです。


「見つけたの。生き甲斐を。
   喜びもね。 そう、生きる喜びよ。 歳は関係ない。」
posted by しぇる at 21:31
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