2011年10月14日

細川家の至宝・珠玉の永青文庫コレクション〜京都国立博物館

行きたい美術展は数々あれど、これだけは腰を据えて時間と根性のある時に行かねば、と思っていたのがこちら。

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数年前東京でやっていたときに行こうかな〜と、ちらっと思ったまま行けずにいた永青文庫コレクション(細川家歴代のコレクション・当代の細川護煕氏の祖父、護立公によって設立)の京都展です。



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この展示会ではじめて永青文庫の名がどこから来たのかを知りました。
細川家菩提寺の建仁寺・永源庵と細川幽斎の長岡京時代の居城、青龍寺城からきているそうです。

コレクション展示はあまりに厖大なため、今回は茶の湯に関する展示に集中して見ることにしました。

まあ、とにかく室町〜江戸初期にいたる歴史の中で、細川家のきらびやかさはすばらしいですね。

古今伝授をうけ、天皇にもそれを授けたという、大名でありながら超一流の歌人、文化人であった幽斎。
その息子で利休七哲の一人、武人でありながら茶の湯の歴史に欠くことのできない三斎。
その生涯があまりにもドラマティックな三斎の妻、明智光秀の娘、玉(ガラシア夫人)。

ここでどうしても幽斎、三斎、、、というと「へうげもの」の絵がでてきていかんわ[E:coldsweats01]
(幽斎は護煕氏にそっくりの強烈オヤジだし、三斎は単純熱血男子だし、、、)




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なんといっても見ておかなくては、、、なのは

1)瓢花入 銘「顔回」(顔回は「論語」にもよくでてくる孔子お気に入りの清貧を愛した弟子の名・一箪食一瓢飲)
  
ぽってりとした茶色の肌の瓢の下半分をすぱっと切ったもので、利休が所持。
利休直筆の添状(形見に顔回をあげようと思うが、早く死ねと思われるのはいやだよ、、、云々の内容)付き。
つやつやのお肌はさわってなでなでしたいくらい。
しかし、これにはどんな花を入れたらよいのでしょう。むずかしそう。
この花入は細川家の筆頭家老、松井氏から細川家七代に献上された旨、現在茶道資料館で開かれている「肥後松井家の名品・武家と茶」とあわせて見ると面白いかも。

(参考)


  
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この松井家の松井豊之はおなじく利休の直弟子。
利休が秀吉に蟄居を命じられ堺に下るとき、思いがけず三斎と古田織部が、秀吉の勘気もかまわず見送ってくれた事への驚きと感謝を記した彼宛の書状が展示されています。

そんなことを併せて見るとなにやら感慨深い物があります。
利休を敬愛し、その茶の湯をかたくなまでに守り通した三斎、その家にこそふさわしい花入なのかもしれません。


2)唐物茶入 「利休尻ふくら」

利休が所持していたのが確実な茶入。(北野大茶会にも用いられた記録があるそうで)
三斎が関ヶ原の軍功により徳川秀忠から拝領した茶入だそうです。
これもコロンとした形がかわいいのですが、照明のせいか色がよくわからない。
紫のような、茶色のような、、
でもこういうものこそさわって手取りを確かめたいですよね。無理ですけれど。

3)長次郎黒楽茶碗 銘「おとごぜ(乙御前)」


口すぼまりのなんとなくゆがんだ、それでいて手の中にいれるとしっとりなじみそうな茶碗。
思ったより無骨な感じがしましたが、いいですね〜[E:lovely]これ、、、、
長次郎といえば利休ですが、これは三斎自らが長次郎に焼かせたものだそうです。

4)南蛮芋頭水指

これも利休所持が確実な水指。北野大茶会にも登場。
南蛮=当時の中国明代の焼物。これと似たような芋頭水指が松井家にも伝来し、茶道資料館に展示されています。
ぱっと見にはすごく地味〜な水指なんですが、この形、一度見たらかなり印象に残りそうです。

5)利休の形見で三斎に与えられた自作の茶杓「ゆがみ」(織部には「泪」を与えているのは有名な話ですね)

→これは後期展示なので、今回は見られず。残念。

そのほか、芦屋、天明、京(大西浄清・大西家二代)の三釜そろいぶみは迫力ありました。

浄清の四方釜はいいですよ〜。
肌に、三斎自らしたためた「見わたせば 花も紅葉もなかりけり、、、(定家)」の地紋が鋳出されています。
なにがかっこよいって、鐶付きが対角線になっていることでしょうか。
自然と正面が角になりますよね。風炉にかけたらきれいだろうなあ、、、


図録も販売されていたのですが、重いのとコレクション全部にわたって厖大すぎるので購入は断念。

ところが隣接の便利堂さんでこんな良い物を発見。










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これをもとめまして、本日の復習を。

ちらっとだけお見せしますね。


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ご参考までに、国立博物館へおでかけの節はこちらへのお立ち寄りはいかがでしょう。

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七條甘春堂さんの町家甘味処・且坐喫茶。




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お薄と上生菓子をいただきました。

ついでに博物館の西、大和通を北上すると、豊国神社。
家康のいちゃもんで有名な方広寺の釣鐘も見ることができますよ。

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(白でかこってあるところが問題の「国家安康 君臣豊楽」。ようこんなん見つけたわ。すごいいいがかりやね)

三斎や利休とほぼ同じ時代の空気をまとっていたのですねえ、、、。


posted by しぇる at 00:30| Comment(8) | TrackBack(0) | お茶と着物・2 | 更新情報をチェックする

2011年10月03日

Lei Can Ting〜大阪ステーションシティ

いや、大阪駅、えらいことになってますね〜。(って、デビューおそすぎ)


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5月にグランドオープンした大阪ステーションシティ、規模がでかいわ。
さすが大阪。(京都にはこんな真似できないだろうし、また似合わないと思うし)



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ま、わたくしが一番利用しますのは主にグルメ関係。

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それが集中するのがこの眺望のサウスゲートビルの10Fなんですよね。

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ここにこのお店を見つけたときはうれしかったなあ。

飲茶のめちゃおいしい箕面のリー・ツァン・ティンの出店!
かつて箕面の本店で、飲茶のメニューのはしからはしまで全部もってきて!、、、というような注文の仕方をしたものでした。
(あ、今はこんなマネ、もう無理)


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香港麺のランチ。
お茶は、飲茶に正しく普洱茶(プーアル茶)。



量からいってこのランチセットがよいのですが、、、、
いつかがっつりお腹をすかせて食べてみたいものがあったのです。

ついに先日それを果たしました。

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むふふ、、、
この3段飲茶タワーのついた「李さんのランチ」。

完食。
ここでかなりおなか苦しい。

ところがこんなものもついてました。




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ああ、リー・ツァン・ティンのマンゴープリン!
これを残して帰れようか。

で、完食。
しばらくかな〜り苦しかった、、、、

大好きな飲茶堪能でうれしいような、胃袋の老化がうらめしいような1日でありました。
posted by しぇる at 23:18| Comment(4) | TrackBack(0) | お茶と着物・2 | 更新情報をチェックする

2011年09月30日

錦秋のころ〜野村美術館定期講演会第4回

彼岸花というのは、いままで何もなかった場所に突如としてあらわれる、、、という印象。

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このいつも通る道に突然現れた、あざやかな彼岸花の一群れ。

うれしい驚きです。


夏の間、暑くてご無沙汰していた野村碧雲荘周辺の散歩道ですが、もう秋の気配がほのかにただよっています。

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細川様のお屋敷の楓もほんのり色づいてきました。

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  なびきかへる花の末より露ちりて萩の葉白き庭の秋風  (玉葉集)



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秋雨にしっとり、野村美術館へ通じる疏水分流。




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分流べりに群生しているマメ科とおぼしき花。
秋らしく、派手やかさはないけれど、群れるときれい。

名前がわからんのです。
こんな花なんですが。
(Ishii様、 nageire様のおかげでアレチヌスビトハギという帰化植物と判明いたしました)



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さて、夏の間おやすみだった野村美術館の定期講演会、4回目になります。


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少し早めにでかけて、この秋のテーマ「錦秋のころ〜月・菊・紅葉を愛でる」を拝見。

秋にちなむ道具がまんべんなく。
いいですねえ、、、、、ため息。
さすがに野村得庵、趣味がおよろしいわ。

二畳の茶室仕立ての展示室に、秋の茶会の見立ての道具組があり、やはり茶道具はこうやって他の道具とのとりあわせ、バランスでみせるものだと思いました。
単品をぽんと展示されているより心に残ります。
天明の車軸釜が抜群の存在感でした。

野村の主席学芸員、谷先生は現在韓国茶道にこっておられるようで、地下の展示室では韓国茶道についての展示があり、それに付随して、野村所蔵の高麗茶碗がいくつか展示されています。
井戸茶碗、、、ええですねえ〜[E:lovely]

神の器の作者の申 翰均さんの現代ものの高麗写しもよいですよ。


講演会の前には恒例の、野村所蔵茶道具による呈茶。

お軸は片桐石州の「塘蜍送花影」。
(月に住むといわれる塘蜍=ヒキガエルが何の花かは知らないが、月の花の影を送ってきている)

花器がこれまたすごくて、3〜4節の尺八のような竹の一番下の節に口をあけ、萩の花が投げ入れられていました。
いいなあ、、、これ。
藪内流(徳庵さんはこの流派)清隠斎による。

銘も「猿猴捕月」とは。

これまた普段はガラスの向こうになるような茶碗で一服、私には江戸時代の絵唐津があたりましたよ。

本日の演者は大徳寺別院・徳禅寺のご住職。
徳禅寺を明治維新の荒廃から建て直した、かの立花大亀和尚のお弟子さんになります。

実はこの和尚さん、以前淡○社のお稽古茶事の節におめにかかっています。
裏千家茶道学園の茶事指導をされていた関係から、お茶との関係が深い方のようです。

今回の講演は和尚が徳禅寺へいはることになったいきさつや、師の大亀和尚の話、徳禅寺の由来、利休の禅修行はどのようなものだったかを古書から読み解く、、、というものでした。
有名な考案や、禅にまつわる逸話を知っていないと、ちょっとむつかしい内容です。

前から大徳寺のかたすみにある徳禅寺については、なんでわざわざ○○院という塔頭ではなく独立した寺なんだろう、と思っていました。
和尚の話によると、徳禅寺開山の徹翁義亨(大燈国師の法嗣)が、もし幕府に大徳寺がつぶされることあらば、(紫衣事件などありましたし)ただちに徳禅寺を切り離して独立させ、ここで大徳寺の流れを断ち切らないですむように周到に用意したもの、ということです。
やっとその役割について納得。

さらに徹翁和尚は大徳寺直系の弟子僧侶すべてに「宗」の字をつけたことから、お茶名の宗名をつけることになったのではないか、とのこと。
私たちの茶名の由来をやっと了解。
大徳寺で参禅された利休居士の如く、われわれの茶もまた禅思想からかけはなれてはいけない、ということ。
長い歴史のある宗名、その名に恥じぬよう、その重さを感じつつ精進精進。
posted by しぇる at 22:12| Comment(6) | TrackBack(0) | お茶と着物・2 | 更新情報をチェックする
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