2009年09月27日

ベトナム紀行・3〜古都フエ〜

ベトナム語は中国語以上に声調(発音の上がり下がり)があるので、「フエ」と単調に発音したら通じなかった。

独特の空気が抜けるような感じで「フエ〜」(文字では言い表せません!)と言わないと。

現代のベトナムを描いた映画の中では一番好きなのが「季節の中で」

もっともこの舞台はホーチミン(旧サイゴン)なのだが、オムニバス形式の作品のなかで、蓮の花を売る少女と不治の病を得ている富豪の詩人のエピソードがあって、それにこのベトナムの古都、フエのイメージがあうような気がする。

多分映画の最後、少女が流す川一杯の蓮の花と、フエの廃墟的王宮跡、帝廟の大きな蓮池のイメージが重なるからかな。


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<トゥドゥク帝廟の蓮池、、、残念ながら蓮の季節は終わり、代わりに睡蓮がきれいでした。>続きを読む
posted by しぇる at 17:57| Comment(2) | TrackBack(0) | ベトナム紀行2009 | 更新情報をチェックする

2009年09月25日

ベトナム紀行・2〜バッチャン迷路

茶人が愛するお茶碗に安南手というのがある。

文字通り安南=ベトナムで焼かれた陶磁器で、典型的なのはトンボの染め付けで蜻蛉手とよばれることも。

デザイン化されたトンボが描かれているのだが、これは茶道がもっとも盛んだった16世紀に日本の茶人が注文して焼かせた物だという。

今では安南焼といえばトンボ柄というくらい、どこの店を見てもトンボのデザインの陶磁器が幅をきかせている。

ハノイの少し郊外に行くとトンボがたくさん飛んでいたのも確か。

このトンボを見て、安南人がもともと伝統的トンボ柄をもっていたのでは?と思ってみたが、日本以外の輸出国ではトンボ柄のものはみつかっていないらしい。

身の回りのありふれた生き物に美を見いだしたのはやはり日本人の美意識だったのかな。

鎖国するまで、安南には日本人町がたくさんあったので、文化の交流もさぞさかんだったのだろう。

前置きが長くなったが、ハノイから車で約30分。バッチャン村は500家族ほどの住人のほとんどが陶磁器生産にたずさわるという、安南焼の歴史を受け継ぐ小さな村。

(バッチャンへはツアーもありますが、個人でゆっくり回ろうと思ったら、TAXIチャーターがいいです。料金も半日2000円いかないという涙が出る安さ!)続きを読む
posted by しぇる at 23:09| Comment(8) | TrackBack(0) | ベトナム紀行2009 | 更新情報をチェックする

2009年09月24日

ベトナム紀行・1〜ハノイ点描〜

ベトナムと聞いて、我々の世代がまず思い出すのは長い長いベトナム戦争のことではないだろうか。

「北爆」「テト攻勢」「ソンミ村虐殺事件」「サイゴン陥落」という文字が新聞に踊った日々をリアルタイムにすごした。

もちろんその背景などはよくわからなかったけれど、当時戦争といえばベトナム戦争だったのだ。

南の親米政権グェン・バン・チュー、グェン・カオ・キ、記憶にある名前だなあ。

戦場に散ったカメラマン、沢田教一のピュリツァー賞を受賞した、あまりにも有名であまりにもベトナム戦争の象徴となった一枚の写真、「安全への逃避」

そんなイメージをもって訪れると軽く裏切られることになる。

町を行く人はもう戦争を歴史でしか知らない若い人が多く、日本からの観光客は若い女の子が多く、彼女らは戦争のことはきっと名前しか知らない。


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どこか西欧の匂いがする町並み。

夜など汚れが目立たなければ、ここはヨーロッパのどこかの国、といわれても、ふ〜んそうか、、、と思ってしまいそう。続きを読む
posted by しぇる at 20:05| Comment(8) | TrackBack(0) | ベトナム紀行2009 | 更新情報をチェックする

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