2011年03月14日

思い

大阪の町は今日もいつもとかわらずにぎわっていた。

あ、これはデジャヴだな。

阪神大震災で直接的な被害はなかったものの、ライフラインはとぎれて、道路は裂けて、瓦礫の山の中、これから一体どうなるんだろう、、、と停電で真っ暗な町をぬけ、不安で一杯な気持ちで淀川を渡ると、、、、

そこにはいつもと変わらぬ電飾キラキラの大阪の町が。

川一本でこんなにもちがうのか!
と愕然とした一方で、ああ、大丈夫、ここにはちゃんとした日常がある、と妙にほっとしたことを思い出す。

娘は関東エリアに住んでいる。
大きな被害はなかったが、家の中はぐちゃぐちゃで水がでないらしい。
食料は1週間分ストックした、と言っていた。


彼女が阪神大震災にあったのは中学受験を控えた小学校6年生の時。
あの時は子供で、被災の苦労がわからなかったが、大人になって災害に遭うと、あのときどんなに大変だったかよくわかった、と言っていた。

今は福島の原発からそう遠くもないところにいるので、それがとても心配だ。
計画停電もあるし、早く猫と一緒に帰っておいで、と親の身勝手を承知で言っているのだが、東京まででる交通手段がないらしい。

それにしても原発震災対応をされている方々のご苦労を思う。

津波被害もさることながら、今原発がおとなしく静止してくれるかどうかに日本の命運がかかっている、といってもいいかもしれない。
その最前線で体をはって作業しているひとたちに、どうかどうか、よろしくお願いします、と祈るような気持ちだ。

放射線は目に見えないだけにおそろしい。
大量線量被爆をした場合、ゆっくり確実におとずれる死までの歩みは地獄といっていい。
体の中の細胞一つ一つからじわじわ破壊されてゆく。

そんな危険に身をさらしながら、日本中の願いを背負って作業をしておられる方々には頭が下がる。
どうか事故なく、無事に静止しますように。
どうか、どうか。P1090665


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2011年03月12日

言葉もありません

16年前のあの時を思い出します。
あれもひどかったですが、今度は町ごともっていかれるなんて、誰が想像したでしょうか。

しばらくはうかれて記事なんて書けません。

あのときもTVにうつる犠牲者のカウントがじわじわ増えていくのをなすすべもなく見守るだけだった。

災害の第1フェーズがすぎると、第2フェーズはライフラインがとぎれたためおこるさまざまな問題がまっています。
水が使えないのがなによりつらかった記憶が。
そして、あれも酷寒の時期でした。

当時、携帯電話を持っている人は限られていて、安否確認できずいらつきましたが、今回ツイッターなどが活躍したようです。
また、様子がわからないためみんなが車でおしよせ、肝心の救急車や物資輸送者がすすめなかったという問題がありましたが、今回はみんながまんして控えているようです。道路をすばやく閉鎖したのもよかったのかもしれません。
少しずつ、大災害に対する心構えをみながもっていった、ということにこの国も捨てたもんじゃないと思いました。

今はひとりでも無事でいて、と祈ることしかできません。
第2フェーズに入ったとき、なにか自分にできることがあれば、と思います。
posted by しぇる at 16:54 | TrackBack(0) | 未分類 | 更新情報をチェックする

2010年12月13日

清心庵〜金毛院〜シメは神宮道・波多野

先日はお茶会の連ちゃんという、さすが京都!、、、というすてきな体験をいたしました。

午前中は、もちや様のお社中での初めての大寄せ茶会、ということでお招きいただきました。
場所は関西セミナーハウスという、京都も北の方、修学院と曼殊院の間にある施設の「清心庵」というお茶室にて。


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まだまだ京都初心者ですので、左京区にこのような秘境(?!)があるとは知りませんでした。
車を運転していったのですが、とちゅうけもの道みたいに道が細くなったり、なんだか狸谷不動尊のほうへ迷っていったり、えらい遠回りをしてたどりつきました。(到着したときには正直、遭難せずにすんだ、、、、と思いました。)


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ごいっしょしていただいた、ぽん様
しっとりとした景色になじんでおられますでしょ。


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清心庵入り口。


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お草履は鼻緒留めで。(イニシャルはちがうんですけど、、、)


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山の中腹にありますので、眺めのよいお庭です。白い山茶花がきれい。

待合いのお軸は大根の絵。
本席は「看々臘月尽」(虚堂録)
臘月=12月、1年が尽きるが如く、命も必ず尽きる、ぼやぼや生きていてはいけない。
いよいよこの季節になったのだなあと、あらためて思います。

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先生も、お弟子さんも茶会デビューとは思えない、なごやかでよいお席でした。
もちや様のお点前が拝見できなかったのがちょっと残念。
お運びはしっかりみせていただきました。[E:happy01]
なかなかどうして、堂に入ったものでした。

お菓子は老松さんの雪餅。
ふわふわで上品で、こういうのが日常いただける、京都暮らしのありがたさが身にしみますわ[E:delicious]

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名残の紅葉の吹き寄せ。
風情がありますね。

お昼からは、そらいろつばめ様におさそいいただいて、お知り合いの、宗偏流の先生がお釜をかけられる金毛院へ。(法然院の入り口のところ。法然院の住職さんの隠居場所として建てられたとか)


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こちら法然院ちかくの哲学の道。
養生のため、一部閉鎖になっています。

学生の時、この近くに2年ちょっと住んでいました。



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金毛院。
こちらではいろんな流派の先生方が月釜をかけておられて、臨時参加もできるのです。

遠州流、石州流と拝見したことがありますが、宗偏流ははじめて。


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お席は四畳半、土壁は錆が出て良い感じ。
本日のテーマは「討ち入り」ですので、夜咄の感じで手燭、石菖の鉢がでています。

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年の暮れゆえ、風炉先:伊勢暦。
軸:大石内藏助良雄の歌切。「うらみとは、、、(以下失念!)」
花入:桂籠(吉良上野介の偽首とした、とされる)
薄器:老松(蓋裏に老松の蒔絵有り。ご存じ「松の廊下」から)
建水:槍の鞘   釜:矢筈  (いずれも討ち入りの時の武器)
主茶碗:高麗茶碗 塩笥 銘「不識(達磨の言葉)」(塩は赤穂の名産)



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いや、討ち入りをテーマにこれだけのお道具がすっとでるあたりがすごいです。
宗偏流のお点前は、帛紗さばきはもちろんのこと、茶巾のたたみ方、茶筅通しのしかたも少しずつちがうんですねえ。


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流祖・山田宗偏は宗旦の弟子で、討ち入りのため、吉良邸の茶会の日を赤穂浪士に教えたことでも有名なので、この日の討ち入りのテーマもむべなるかな、です。




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帰りは哲学の道にそって歩いて。
観光シーズンは一段落したので、人もまばら、そして名残の紅葉が美しい。

本日の私の着物のテーマは「雪」でございます。

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ぼた雪のなかに雪輪がかくれている小紋と、東本願寺北・染工房 遊さんに染めていただいた雪華紋名古屋帯で。


さて、シメは夜、近所の神宮道・波多野さんで懐石を。


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こちらはちりめん山椒のお店のお二階にあって、全然気がつかなかったのですが、ときどき遠つ国からコメントをくださるKiremimi様お勧めのお店。

お昼も夜も松花堂がいただけるのですが、この日は懐石を。

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その中の一品、蕪蒸し。

おいしくいただきました。
歩いて行って帰れる距離にこのようなお店があるなんて、しあわせ[E:lovely]

今日はいろんな方と、楽しくすごさせていただいた良き日でありました。

もちや様、ぽん様、そらいろつばめ様、宗偏流の先生、お隣に座られた漆師様、波多野さん、その他の方々、
ありがとうございました。
posted by しぇる at 13:12| Comment(10) | TrackBack(1) | 未分類 | 更新情報をチェックする
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