2008年05月05日

麗しきHavana〜戻ってきたSDカード

すご〜く昔の話(って、去年の8月だけれど)になるが、昨年キューバとメキシコに娘と二人で旅をした。
その時、メキシコのホテルでキューバで撮った写真が入ったSDカードを紛失して、くやし〜〜〜〜い思いをしたのですが、、、
  → http://blog.kansai.com/cheruprifre/138

なんと!なんとなんと!
今年1月にメキシコのホテルから紛失したSDカードがみつかったとのメール!(帰国後無くしたことに気づいて、あれば連絡を、、と頼んでおいた。)

ただ、そこからが大変だった。
何が? → 送料の送金が!
クレジットカードはセキュリティの問題から使いたくなかったので、国際郵便為替で送ろうとしたのだが、、(US70$)

1回目・海外送金には免許書などの身分証明が必要
             →たまたま持ってなくてダメ。
2回目・ホテルの住所宛で送金しようとした。
        →メキシコは銀行口座宛でないと送金できない
 メールでホテルの銀行口座番号を問い合わせ。
3回目・口座の○○コード(すみません、何コードだったか忘れた。)と支店名がないのでダメ。

 メールで再度問い合わせ。
郵便局だとらちがあかない、と銀行にも行ったが、手数料が倍以上なのであきらめる。
4回目の正直、やっと送金。

これだけの手間に一ヶ月かかった。

送金しました、のメールを最後にず〜っとホテルからはなしのつぶて。
こりゃやっぱりメキシコだし、だまされたかも、、、。とあきらめかけていたつい1週間前!


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届きました!
(船便だったのだろうか?不明だが、、、)



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これが半年以上かかって手元に帰ってきたキューバ・ハバナの思い出です。


旅行記はキューバ・メキシコ旅行カテゴリーにほぼ書きたいことは書いたので、麗しのハバナの写真だけ、興味がおありの方、お楽しみください。

あ、メキシコのホテルにはちゃんとお礼のメールだしましたよ。
連絡事項は英語のやりとりでしたが、お礼のメールはちゃんとスペイン語で書きました!




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ホテル前の海岸
カリブ海です。



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ホテル Ambas Mundos(=both world)
作家ヘミングウェイが長期滞在していた。



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Pegn9bjn 現役のクラシックカー
キューバではアメリカの経済封鎖で新しい車が輸入できないので、50年代のクラシックカーが大切に使われている。



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同じくクラシックカー



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ヘミングウェイいきつけでいつもダイキリを飲んでいたバー、フロリディータ
ヘミングウェイの銅像が店内にある。



Uu25vsef クラシックカーもここまでそろうと壮観。



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カピトリオ・旧国会議事堂
どこかで見たような、、、そう、アメリカのホワイトハウスに似せて建てられた。



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カピトリオ前の広場のクラシックカータクシー



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ガルシア・ロルカ劇場近くのホテルのカフェで



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ロルカ劇場内の中にあった壊れたピアノ
キューバの経済状態をあらわしているような、、



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突然のスコール
ロルカ劇場前の回廊であまやどり



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キューバといえば葉巻
パルタガス葉巻き工場(夏休み中)
おみやげに葉巻を3本買う。



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亡命していたカストロ将軍がチェ・ゲバラらとともにキューバに乗り込んだ際、乗ってきた船「グランマ号」(革命のシンボル)がガラス張りの中に保存、展示されていて、その周辺にあった戦車



Dpzs68sh 上階は窓のない部屋もありますが、決して廃墟ではなく現役の建物です。
ハバナは車だけでなく、建物も許可無く建て替えできないので古い。



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革命博物館
キューバ革命を知るのに貴重な資料がたくさん。



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街角のそこここに革命のスローガンが書かれている。
”革命のモラルは星と同じくらい崇高である。”フィデル(カストロ)
(このくらいのスペイン語は辞書なしで読める←たいした自慢にはならんが、、、)



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スコールのあとの広場で、上半身裸でサッカーに興じる少年達



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海の要塞からみるハバナの暮色



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革命広場
ゲバラの有名なモチーフ



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海岸沿いに建つ、有名なHotel Internacionale de Cubaのバーにて、並べられたモヒート(キューバの有名なラムベースのカクテル・ミントの葉をつぶして作る。)用グラス



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もちろんここで一杯、モヒートをいただく。




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ラテンアメリカでは15歳が成人、
着飾った娘達(quinceanera とよばれる)は15歳のお祝いのためドレスを着る。



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ボデギータ・デル・メディオ、モヒートが有名なバーだが人が一杯で入れなかった。



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レストランでおすすめの一品、
鳥とエビの料理、量多すぎ!



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あ、街角のこんなところにもゲバラが、、、



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モヒートのベースにもなるラム酒の老舗、ハバナ・クラブの工場にて



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ハバナの夜を彩るキャバレー・トロピカーナで。
(みんなドレスアップしてきてたが、われわれは、、、、すごいラフな格好でういてた)



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キャバレーのショウ



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カリブ海に面するマレコン通り




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同じくマレコン通り
はるかかなたにマイアミが見えるらしい。
有名な映画「Buena Vista Social Club」のオープニングで、ここを車で走るシーンがあった。



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裏通り
庶民の生活のにおい



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こうしてみてると、かなり前のことなのに、また鮮やかに麗しのハバナの思い出がよみがえる。
行くのは大変だったけれど(1.5日かかる)、また行きたいな〜。

posted by しぇる at 21:10| Comment(4) | TrackBack(0) | キューバ・メキシコ紀行2007 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年08月26日

旅行の(うれしくない)オマケ

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自分で入り込んで、抜け出られなくなっております。
(本文とは関係ありません)


毎日暑い!でも昨日はクーラーなしで眠れたなあ。
クーラーかけたまま寝ると、喉痛くなるし。

さて、飛行機で旅行に出て、スーツケースが出てこなかった経験がおありの方もおられると思います。
私も話には聞いてました。スーツケースが行方不明で、ついに出てこなかった人や、一ヶ月後に回り回ってもどって来た人の話とか、、。
そりゃ大変だったろうね〜と同情はしていたが、マサカ!それが自分の身におころうとは!
思いもせなんだ。[E:coldsweats02][E:coldsweats02][E:coldsweats02]

私のスーツケースはもうずいぶん古い。今時のタイプではないが、長いこといっしょに色んな所へ旅したので、傷だらけのボディも愛着がある。
しかも色がバイオレットメタリックというちょっと珍しい色なので、空港の荷物が出てくるターンテーブルの上で目立ち、すぐ見つけられる所も気に入っている。

ところが、ターンテーブルのところでいくら待っても、出てこなかったのよね。今回ハバナからメキシコシティまでの飛行機から、、、、。[E:sweat01]

しかも、出てこない!と空港の係官に文句を言おうと思っても、みんなスペイン語しか理解しない。小学生レベルのスペイン語で”スーツケースがない!”と言っても、わかってるのか、わかってないのか??
無いとこれからの数日とても困るので、しつこくくいさがってると、やっと英語がわかる航空会社のスタッフがでてきた。

その場に、もう一人スーツケースを無くされた男の人と、スーツケースが壊れた!と文句を言ってるおばさんがのこったが、このおばさん、文句言うわ、言うわ、、、。なくされたよりマシやろ!と思ったが、この人にスタッフ長い間独占された。(メキシコのおばちゃん、大阪のおばちゃんと共通したものがあるな〜)

とりあえず、紛失届けみたいな書類をもらって、夜も遅かったのでホテルへ。

機内持ち込みバッグにとりあえずの身の回り品残ってたので、大きな困難はなかったものの、着替えが全くない!

Tシャツは汗まみれだが明日も我慢して着ることにしたが、困るのは下着。え〜い!ままよ!と、洗濯してホテルのヘアドライヤーで乾かして着用。難儀や、、、。

次の日とりあえずTシャツ、下着を買いに街へ行ったが、これはまたこれで、デパートとか行って下着売り場を聞こうにも通じない!スペイン語の辞書を見せてなんとかゲット。

ホテルでその後情報がないかどうか、フロントのおねえさんに、空港に何度も電話してもらった。(何回も親切にありがとう!)スーツケースが一つハバナに積み残されているのを発見、という情報。

ついに最終日、その後何の連絡も無いので、いっしょに帰国するのは無理か〜と、思いつつ、もう一度!と空港へ。
くだんの空港会社のカウンターへ行くと、どこそこのオフィスへ行け、と。
また、そのオフィスの場所を聞くのに言葉が通じひんこと!!
せめて数字だけでもスペイン語で言えてよかった、、、。

普通の搭乗客ならまず行かない、とおぼしき各航空会社のオフィスが並ぶ区画(フライトアテンダントやパイロットみたいな人ばかりがうろうろ)まで、広〜いメキシコシティ空港の、はしからはしまで歩いた歩いた、、。テオティワカンよりしんどかったぞ。

そこのオフィスで今、そのスーツケースはこっちに向かってる、着陸ゲートの何番で待つように、と言われた。
こっちに来つつある!というのはうれしかったが、航空会社のミスにも関わらずひとっことの”ごめんなさい”もない。[E:angry]

しかも着陸ゲートは警備が厳しくて、事情をいってもすぐには入れてくれなかった。
私のミスじゃないっ!と無性に腹立ったので、ブロークンイングリッシュで大阪のおばちゃんヨロシク、わ〜と文句言いまくったら、なんと通してくれた、、。びっくり。

で、めでたくスーツケースと再会を果たし、いっしょに帰国できました。
は〜、、、もうええわ、こんな体験、、、、。

でも、なんとかなるもんですね。
ただ、中に入れてたお茶のペットボトルの中身は(多分)腐ってたと思うし、無くなったままだったら、キューバで買ったゲバラの[E:lovely]本もパーになってたし、まだ一度もはいてなかった7分丈パンツもそのままだったし、、、。
後で人に聞くと、しつこく言わないとめんどうくさいのでそのまま廃棄されることもあるらしい。(とくにあのいいかげんなMX航空!)

ただラッキーだったのは、スーツケース亡失の保険かけてたので、下着を買った分くらいは補償がでることぐらいかな。
でも、下着は買えても、思い出のお土産は買えないものね、、。


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長旅をしてもどってきたわがスーツケースです。[E:smile]


posted by しぇる at 23:41| Comment(6) | TrackBack(0) | キューバ・メキシコ紀行2007 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年08月25日

メキシコシティー〜テオティワカン遺跡

さて、美しいハバナを後にして、飛行機で3時間ほど、メキシコの首都、メキシコシティーへ。

ここは人口860万という中南米最大級、経済の中心地。

ここはアステカ帝国の都を破壊して、そのままその上に無理矢理スペイン人が作った町で、まさにここがスペインの町のどこかだ、といわれても違和感がない。
ただ、歩いているのはアステカの血をひいた”新生メキシコ人”
アステカの都は地中深く沈んで消滅したが、その血脈は今もこの地に繁栄しているこの不思議。


6zon5ycj 中心地ソカロ
写真では上の方切れてるけど、メキシコのでっかい国旗がなびく。



広い広〜いソカロはふと北京の天安門広場を思わせる。
ここは高地なので、空気が少し薄いらしいが、あまり実感はわかない。(後に実感するが、、、)


Xaf_rcoa ソカロの一画の土産物売り。
インディオの手作り品などが主で、どれも安い。



Gh6porjr トルティージャ(タコスみたいなもの)売り。
お金をはらうと中に具をつめてくれる。
興味はあったが、衛生面がちょっと気になって断念。




Jlypsb_u 通りはヨーロッパの町のように石畳がきれい。
そこに車はビュンビュン通るわ、人は多いわ大阪以上だな、こりゃ、、、。


来月9月16日は国の独立記念日で、ソカロの廻りの建物ははやくも記念日用の飾り付け(巨大な国旗のイルミネーションなど)をしていた。
ラテン系の記念日はさぞにぎやかだろうと想像するが、日本の建国記念日は地味だよな〜。

さてこのソカロは、17世紀に征服者スペイン人によって建てられたメトロポリタンカテドラル(教会)、宮殿などのゴシック建築にかこまれている。

その宮殿の正面玄関、メキシコ美術史に輝くディエゴ=リベラの大壁画、”メキシコの歴史”がある。

5xa8ltg0 とてもカメラのワンショットにはおさまりきれない。
先アステカ〜アステカの時代からスペインの征服、近代化、革命を経て、独立するまでの歴史的場面が広い壁一杯に描かれ、圧倒される迫力がある。



リベラと言えばむしろ日本ではシュールレアリズムの女流画家
フリーダ=カーロの夫としての方が有名かもしれない。
数奇な運命のもと個性的な美人だった彼女のことはNHKの迷宮美術館で知り、
映画も見た。
ほんとはカーロとリベラが暮らした家(公開されている)にも行きたかったが、メキシコシティーは広く、やや遠いためこれもあきらめた。(ちょっとキューバで時間使いすぎたしね、、、)

次なるシティー最大の見物、メキシコ国立人類博物館へ。

入口をはいると広い広場を中心に左右に時代別にわかれた展示室が並び、その中央、一番奥にシンボリックなアステカ室がある。その中央、神殿の奥に祀られているがごとくスポットを浴びるアステカカレンダー。

Rzj16fsk 巨大なマリービスケット、、、と思った私は罰当たり???


スペインに町を破壊された後、広場に打ち捨てられていたらしいが、その後も土中に埋められたりしながらも壊れず、ここにこうして収まっている。
そしてわれわれにその昔ここに高度に発達した天文学や数学が存在したことを教えてくれる。


48tluzbh これはマヤ室のチャックモール
ユカタン半島観光地カンクンの近くのチチェンイツァー遺跡にあったオリジナル。
お隣はわが娘です。なんか、似てたりして、、、。


とぼけた顔してますが実はこの手の所に生贄の心臓を載せたというこわ〜い物なんですよ。
アステカもマヤも太陽の神に生贄の生きたままの拍動する心臓を捧げるという習慣があった。
主に捕虜が犠牲になったらしいが、生贄になるのは名誉という考え方もあったみたいだ。



さて、次の日は車で1時間ほど、テオティワカン遺跡へ。

この日は現地のツアーを申し込んだ。
6人ほどのグループで行ったが、イギリス人、ポルトガル人、スペイン人とその彼女のロンドンに住んでる中国人(ああややこし)、韓国のビジネスマンという、だれひとり母国語を共有しないメンバー。

ガイドは時々スペイン語が交じるあやしげな英語をあやつりつつ遺跡の説明をしてくれる。

一般的にホテルのフロントなどでなければまず、英語は通じない。
空港ですら職員に道を聞いても、町でガイジンに話しかけられてノーノーといいながら逃げる日本人ヨロシクの状態。
いや〜、これも刺激的。
ほんとに中学生以下のレベルにせよ、スペイン語が役に立った!とくに町でのショッピングに。

テオティワカンは高度な文明を持った人々によって紀元前に作られた町の遺跡だが、その人々がどこから来て8世紀ごろにどうして滅亡したのか全く謎らしい。

のちにこの遺跡を発見したアステカ人が神の作った町だと考えたのも不思議はない。

紀元前か〜。日本はまだ石器時代やな〜。(0o0)

Moe6brzv 高さ42m、テオティワカン中、祭礼的な意味で最も重要とされる月のピラミッド。


早速登ったものの、ここで空気が薄いことを初めて実感。
それほどの高さでもないのに、途中で息切れがして、しんどいこと!ゼイゼイ息をきらし、休み休みやっと頂上へ。


To3t0si9 遺跡を全部見晴らせます。
気持ちいい〜。(ちなみに高所恐怖症の娘は下で待ってます)



4sbu_aeh つづいて太陽のピラミッド。65m。
かなり急。足下だけを見て上り下り。



そう、先日の写真の正解はこの太陽のピラミッドでした。


2n1jjl_5 頂上で見知らぬ人に撮ってもらった写真。若干、息切れ、筋肉痛。


2大ピラミッド制覇の後、例のバラバラの国籍のみんなで昼食。スペイン人と簡単なスペイン語会話ができてうれしかった。
みなさんあちこち世界中旅行されてる方ばかりなので、いろいろ情報交換できて楽しい。
社交辞令もあると思うが、日本はきれいな国とおおむね評判は良いらしい。
これからは外国人観光客に親切にしなくては、、、。
確かに言葉の通じない外国でうけた地元人の親切はほんまにありがたい!と自分も思う。

メキシコ料理は、、、、う〜ん、はっきり言ってまずいっ!


Dd3ckc2z レストランで稼ぎ中のマリアッチ。歌を歌ってくれます。知らない歌ばかりだったけれど、、、。


帰り道、グアダルーペの奇跡の聖母(褐色の肌をしている)の教会に寄って、メキシコシティーへ。

翌日はもう早朝の飛行機で帰国の途についた、、。
ああ、慌ただしかった、、、。
しかし、飛行機乗り継ぎ、乗り継ぎで丸1日以上かかる場所に行くのは始めて。
こりゃまだ体力に自信がある間に行っとかないと、まずい。
次はペルー、マチュピチュあたりか???

おばはんの旅は続く、、、、、、、



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