2010年06月13日

飛鳥〜万葉の国

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飛鳥川。

 明日香川 瀬瀬の玉藻のうちなびき 情(こころ)は妹に寄るにけるかも   作者不詳



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甘樫丘(あまかしのおか)に登りて。


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夕暮れの畝傍山。

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耳成山、天香具山。

 かぐ山は畝火を愛(を)しと耳成と 相あらそひき 神代よりかくなるらし いにしへも しかなれこそうつせみも つまを あらそふらしき      天智天皇



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水が張られ、田植えを待つばかりの水田の景色。


  大和は国のまほろばたたなづく 青垣山ごもれる大和し美し         倭健命



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  紫陽花の八重咲くごとく八つ代にをいませ我が背子見つつ偲はむ       橘諸兄


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水落遺跡。

日本で初めての時計(漏刻=水時計)を司ったところ。


  時守が 打ち鳴す鼓 数(よ)みみれば 時にはなりぬ 逢はなくもあやし       作者未詳




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明日香村の暮色。家路をいそぐ。





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君も早くお家にお帰り。



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河原撫子。

  なでしこが花見るごとに娘子らが笑まひのにほひ思ほゆるかも        大伴家持



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万葉文化館にて。
万葉の時代のおおらかな男女交際の場、歌垣か。


率(あども)ひて 未通女壮士(おとめおとこ)の 行き集ひ かがふ刊歌(かがい)に 人妻に 吾(あ)も交はらむ 吾が妻に 人も言問(ことと)へ      高橋虫麻呂



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同じく万葉文化館の、「さやけしルーム」にて。(超・お気に入り)
キトラ古墳の天文図か。

  天の海に 雲の波立ち 月の舟 星の林に漕ぎ隠る見ゆ         柿本人麻呂 



<おまけ>


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キトラ古墳壁画四神特別公開は本日限り。
飛鳥資料館にて。

初公開の南壁「朱雀」も見られます。
1300年の時をこえた朱の色。

ちなみに朱雀の目は必見。
(「ゴルゴ13」デューク東郷の目を連想した私、、、、)


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お昼におすすめ、手打ち蕎麦の山帰来さん。

(山帰来は別名サルトリイバラという植物)


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そばがき。


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小エビの天ぷら蕎麦。

美味!

紫の辛み大根のおろしがきいています。
予約がおすすめ。


posted by しぇる at 01:07| Comment(10) | TrackBack(0) | 奈良さんぽ | 更新情報をチェックする

2010年06月11日

おばさまたちの合宿 in 飛鳥〜古都里庵

雲一つない空の下、のどかな田園風景は、飛鳥の里です。

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飛鳥は1年に最低一度は訪れていますが、ここに古民家をまるまる一軒、貸しきりできる宿があると聞いて、これは是非一度泊まりたいなあ、、と思っていました。

音頭をとってくれた友人のもと、ついにそれが実現。
あつまった仲間は5人。

いずれも妙齢の[E:coldsweats01]おばさまたち。


でも好奇心と向学心では若いもんにはまけませんわ〜。

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その古民家、古都里庵の玄関です。

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ここはかつて築80年のぼろぼろの古民家だったそうです。

今のご主人がこの家に出会い、古民家再生専門の大工さんや、日本庭園専門の庭師さんとともに蘇らせたのが2年ほど前。

今はこうして一日一組限定の貸別荘になっています。



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八畳の居間から庭を望んだところ。

とても広くて、それぞれが別々の部屋でくつろげるくらいです。


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建具も舞良戸(まいらど)や帯戸など、古建具を見つけてきて使用されています。

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浴室の戸はこんな感じ。
よくこんな古建具、みつけましたね〜。
垂涎もの。

ちなみにお風呂は広くてよい香りのする檜風呂でしたよ。


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こんな板の間も。
この三角クッション、最高にすわりごこちがよかったです。(東南アジアのものらしいのですが)
和室にもにあいそうで、これもほしいなあ。


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六畳の間には囲炉裏もあって、こんな自在がかかっていました。
この長年燻された色がよいですねえ。



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どこか懐かしい感じの洋間もあります。

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町家必須アイテムの階段箪笥もちゃんと二階への階段として機能。



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二階は天井の低い屋根裏的お部屋になっていて、下の台所がみおろせます。



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寝室として使用。



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このお家のすてきなところは、庭や畑(広い畑もあるのです)でとれたお花をさりげなく、あちこちに生けてあって、調度もセンスの良いアンティークだ、というところ。


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こちらは座敷からみえるお庭で、ぼ〜っと眺めていると、時々野鳥がやってきては水浴びをしたりするのを見ることができます。

ちなみに池には錦鯉がいっぱい。


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庭はここだけではないので、裏から廻ってみましょう。


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食べ物を盛るのにもよさそうなギボウシの葉。



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座敷庭から続く小高い山も全部敷地だそうで、こんな竹林まであります。
春には宿泊客が筍採りをされるとか。

今を盛りに山盛り咲いていた栗の木もあちこちにあるので、秋には栗拾いもできるそうです。




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これはなんの葉っぱかわかりますか?
私は始めてみました。

ミョウガの葉だそうです。
いつも食べているのは芽ですものね。こんな葉っぱになるとはしらなんだ。


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こちら台所の上のふきぬけ。

さて、この宿の特徴はなんといっても自炊!

食事は付いていないので、自炊するか、外食するかなのですが、飛鳥の里では夜食事ができるところは、ほとんどないのです。

食器や鍋、電子レンジ、電気釜などの調理器具、調味料一式はそろっているので、材料さえもちこめば、自炊OK。


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そこは皆様、それぞれ仕事をおもちの兼業主婦ですので、手際よく、ワイワイ楽しみながらあっというまにご馳走ができましてよ。[E:good]


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テーブルに並んだこれでもか!の量のご馳走。
とても5人分にはみえません。→実際多すぎた。


夕食、後片付けがすむと、あたりは都会では味わえない、暗さを楽しめる夜です。
昼間とうってかわって涼しい夜風に、かわずの鳴き声だけが聞こえる音です。
そうか、苗代、田植えの季節ですものね。

そんなこんなで、そなえつけの日本酒などちびちび飲みながら、若返って、さながら学生時代の合宿みたいに楽しい時をすごしたおばさま達なのでした。


    *     *     *


古都里庵:奈良県高市郡明日香村真弓1473  
     0744−54−1055


近鉄飛鳥駅からほど近く、高松塚古墳、キトラ古墳も近いです。
posted by しぇる at 23:34| Comment(8) | TrackBack(0) | 奈良さんぽ | 更新情報をチェックする

2010年04月03日

薬師寺・修二会/花会式

散るのは桜の花びらではなくて、雪かと思うくらい寒い寒い一日をこちらで過ごしました。


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西ノ京、薬師寺。

天武天皇が皇后(のちの持統天皇)の病の平癒を祈願して、飛鳥に建てられた寺で、平城遷都にともなって、現在の場所へうつされたものです。

度重なる大火で、伽藍のほとんどを失ったあとも、唯一残った天平時代の建築物、あまりに有名な薬師寺の東塔。


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   ゆく秋の大和の国の薬師寺の塔の上なるひとひらの雲   (佐々木信綱)

そう詠まれたこのころはまだ西塔も再建されていなくて、観音池から遠景としてみえるのはこの東塔だけだったのです。

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今ではこの西塔(1981年再建)、金堂、大講堂、回廊も再建され遠くからの眺めはすっかりかわってしまいました。

(西塔のない時代を知っている私は何歳でしょう?[E:coldsweats01])




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「凍れる音楽」といわれる東塔の水煙。

そういえば、薬師寺はいつ行ってもなにかしら工事中で、カバーがかけられた建物ばかりだったような。

檀家をもたない薬師寺が、名物管長であった高田好胤師のもと、写経勧進による白鳳伽藍復興事業の費用を捻出したのは有名な話。

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現管長の山田法胤師のお話。

お堂の中は写真ではよくみえませんが、花会式の名の元になった十種の造花が薬師如来、日光・月光菩薩に捧げられ、それはそれは美しく飾られているのです。

この花は薬師寺のご近所の2軒のお家が代々造られているそうです。

東向き商店街にこの花会式を紹介するディスプレーがあったので、参考にここに載せておきます。

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まことに華麗で美しい造花ですね。


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回廊では、かわいらしい雅楽の踊り手さんが。

童舞の胡蝶と迦陵頻(かりょうびん)らしい。


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南都楽所(なんとがくそ)の楽人さんたちのあとに練行衆が続き、金堂に上堂され日中の法要の始まりです。






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東大寺の修二会のときとはまたちがった声明をききながら、遠州流家元による献茶がおこなわれます。

さる奈良のお方から、この花会式で遠州流献茶式があるよ、とお聞きしたのがこの日参加したきっかけでした。

武家点前といわれる遠州流のお点前を見てみたくて。

(これはお茶席で拝見できました。この話はまた次回にいたします。)



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半東さんは家元のご子息。

さぶ〜いこの日、長い間吹きさらしの中に正座して、ぴくりとも動かないのはさすがです。

献茶の後は、お堂から流れる声明と雅楽演奏の不思議なセッションのなか、舞楽の奉納。

では、しばらく、はるか白鳳・天平の世界にトリップしてくださいませ。



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振鉾(えんぶ)
天地の神と祖先の霊に祈りを捧げ、舞台を清める宗教的な意味を持つ舞楽。


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同じく振鉾。

刺繍の衣装が美しいです。


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続いて子供たちが演じる胡蝶。




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最後は勇壮華麗な蘭陵王。


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西塔をバックに。


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(蘭陵王:古代中国の南北朝時代、斉の国に蘭陵王長恭という武勇才智に長けた王がいたが、この王は超イケメンだったらしい。なので戦場で兵隊が見惚れて威厳がないため、いつも戦の時には龍の仮面をかぶっていたという。右手に金色の桴(ばち)を持ち、大きく前方を指す手は三軍叱責の姿であるといわれている。)


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場所を金堂のなかにうつして見たところ。

決め所では、歌舞伎の大見得をきるようでかっこいい。






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舞楽を拝見した後は白鳳伽藍を後にして、玄奘三蔵院伽藍へ。

こちらはまだ新しく、1991年に建てられたもので玄奘三蔵をまつっています。


扁額の「不東」とは、玄奘三蔵が仏教経典を求めてインドへ旅立ったときに「目的を達成するまでは東の方、唐には決して帰らない」という強い意思を示した言葉だそうです。






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ここの目玉はなんといっても、平山郁夫が30年をかけて制作した、全長49メートルの「大唐西域壁画」。

タリバンに爆破されたバーミヤンの石窟像も描かれています。

このお堂にまつられた三蔵法師の像の前に、小さな平山郁夫さんの遺影が飾られていました。


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最後に、薬師寺のシンボルとも言うべき東塔が今年の10月から、10年間、その姿が見られなくなることをお伝えしておきます。

国が東塔の解体修理をすることに決めたのです。

最近では調査のため、ずっとカバーをかぶったままでしたが、この4月から10月初めまで、平城京遷都1300年にあわせて、この覆いをはずし、通常に東塔外観が見えるようにしたそうです。

10年先。

そのころの自分はどうなっているのかな、と思いつつ、きっとまたその美しい姿にあいまみえることができますように、と心の中で祈りました。
posted by しぇる at 00:40| Comment(12) | TrackBack(0) | 奈良さんぽ | 更新情報をチェックする
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