2007年08月07日

BUENA VISTA SOCIAL CLUB

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2000年にアカデミー賞候補になったちょっと古い映画ですが、(ビム・ベンダース監督)最近やっと見ることができ、映画の中の実在のキューバの老ミュージシャンたちのあまりのかっこよさに、感動。


キューバ音楽にそれほど興味はなかったけれど、これを見た後、しばらくオープニングの”Chan Chan”という曲が頭の中を巡ってました。
たまに聞き取れるフレーズがあるので、よけいにうれしい。(スペイン語を習っててよかった!と初めて思った。)

音楽もさることながら、キューバの、社会主義の国として、またアメリカから経済封鎖をうけている国としての特殊な社会のあり方もかいまみえて、興味深い。

30年代から60年代、実際にハバナにあったブエナビスタソシアルクラブという音楽クラブで活躍し、キューバの社会主義化、経済の変化などから忘れられた、名プレーヤーたちを、アメリカのギタリスト、ライ・クーダーがキューバを訪れ、探し出し、レコーディング。

これが空前のヒットとなったため、再びキューバを訪れ、同じミュージシャンたちを集め、アムステルダムでの公演。
その大成功をひっさげ、ついに!ニューヨークのカーネギーホールで公演。
その記録に、各ミュージシャンのインタビューをはさんだ構成のドキュメンタリーです。

ギタリストは92歳、ピアニストも82歳とみなそれぞれ超高齢。
”いそがないと、貴重なキューバ音楽の最も輝いていたときの音が失われてしまう。”とこれを企画した、とライ・クーダ。
(実際この映画の後、92歳のコンパイ・セグンドは大往生してます。)

このじいちゃんたち、またいい顔して演奏してるんです。
老化による音の衰えなんてみじんも感じさせず、とにかくかっこいい。

92歳ギタリストじいちゃん、鳥打ち帽に葉巻でダンディー。”子供は5人いるけど、いま6人目を作ってる最中さ。”と、茶目っ気もたっぷり。
町の人に元気の秘訣のニンニクジュースの作り方を伝授してたり、まあ、お元気。

キューバのナットキングコールといわれたボーカリストはもう音楽はやらない、歌はやめたと長年、市井にまぎれていたのだが、ひとたびマイクの前にたつとじ〜んと胸に来る艶っぽい声。
”物欲に支配されるとろくなことがない。”
と、アメリカへの批判もチクリ。

ピアニストは貧しいため、家にピアノがなく、公民館のようなところのピアノをほそぼそと弾いて、生計は靴磨きでたてていたという。

ほんとにこんなすばらしいミュージシャンが時代の流れとともに埋もれてしまったっきり、でなくてほんとによかった!
ライ・クーダ、偉い!

ハバナの町並みは世界遺産になるだけあって、スペインの領地であった頃の雰囲気をたっぷり残している。
けれど、人々は貧しい。
50年代のアメリカのクラシックカーが走り回っているのも、マニアには垂涎の風景だが、ただ経済封鎖のため、新しい車が買えないだけのこと。
部品も入ってこないので、壊れても修理できない。
電気製品は政府の許可がないと新しく買えない。だから古〜い冷蔵庫があったりなんかする。

でもそれはアメリカの洗練された都市に住む人に比べて、不幸なことだろうか、、、?

ただ、先の”物欲云々”のボーカリストが、カーネギーホール公演のため、訪れたニューヨークの夜の街角に立ち、
“美しい、美しい町だ”とつぶやいたのが印象的。
アメリカを批判しつつも、物質的に豊かなニューヨークの魅力にはあらがえない、、、。それも真実であろう。

カーネギーホールでの堂々たる公演の終盤、キューバの旗を高々とかかげたじいちゃん達+ばあちゃん1名、なんと誇らしげで輝いていたことか、、。
そしてエンドロールにかぶる、 オープニングでやった"Chan Chan"の曲。

ひっそり日のあたらないところにいても、音楽を誇りとし背筋をのばして生きてきた老ミュージシャン達、かっこいいわけだわな。

自分の人生にひとつでも誇れるものがあるか、問い直さざるを得ない。





posted by しぇる at 22:36| Comment(0) | TrackBack(0) | 本・映画 | 更新情報をチェックする

2007年07月07日

”夕凪の街 桜の国”

Ndqvckwm 久間元防衛大臣が原爆に対する不謹慎発言で辞職したニュースもまだ記憶に新しいこの時期、このコミックを書店で見つけました。
4年前の作品ですが、近いうち映画化(麻生久美子、田中麗奈主演らしい)され公開されるのを機に書店に並んだようです。でも少し前、雑誌の書評コーナーで見て、原爆症というテーマの重さと、どこかほのぼのした絵にギャップを感じて興味をもっていました。

寝る前にさわりだけ読んで寝よう、と思っていたのに、読み出すと一気に最後まで読ませる作品でした。



話は原爆投下後十年たった広島を舞台にした前半と、現代が舞台の後半がやがて一つの物語になって行く、、、という感じでしょうか?

皆実(みなみ)は23歳で、広島で会社つとめをし、母親と一緒に戦後急拵えされたとおぼしき雨漏りのするバラックにすんでいます。原爆投下のあの日、父と妹はかえらず、助かった姉も2ヶ月後に原爆症で黒い血を吐いて死んでゆきました。

靴の底がへるのがもったいないので、家の近くにくると靴を脱いで裸足で歩き、友人のお弁当の竹の皮をもらっては草履を編もうとするような、貧しい生活ですが、彼女はユーモアにあふれた明るくたくましい女性です。
けれど、心を寄せてくれる男性の気持ちを素直に受け止められないのは、自分が”ヒバクシャ(被爆者)”で、生き残ってしまったという何か、後ろめたい思いがあるからでした。

やがて原爆症が少しずつ彼女の体を蝕んでいきます。

    ”十年経ったけど
       原爆を落とした人はわたしを見て
        ’やった!また一人殺せた’
          とちゃんと思うてくれとる?”

その死を暗示する終わり方でしたが、最後に一行、
  
   ”このお話は終わりません。
      何度夕凪が終わっても おわっていません”

そして、現代の後半に引き継がれ、主人公はやはり若い女性、七波(ななみ)。
父親は疎開していて被爆を免れた皆実の弟。そして母親は赤ちゃんの時被爆し、38歳で原爆症でなくなっています。
彼女と弟は被爆2世で、弟はそれを理由に恋人の両親に結婚を反対されています。”ヒバクシャ”の戦後はまだ終わっていないのです。

そして、姉の皆実ゆかりの人をたずねる巡礼の旅に広島へ行く父と、こっそりあとをつける七波。


原爆の悲惨な場面はあまり出てきません。
それでもそれがもたらした恐怖や絶望はこんな普通の人たちの普通の日常を今なお、さいなむ。


出かける夫を送り出したあと、干した布団を丁寧にたたく。
ごくごく平凡な日常。
ほのぼのとしたタッチの人物、どこかとぼけた広島弁。
それが故によけいに、これを一瞬で破壊し、いまなお原爆症の恐怖を日常生活の後ろに忍び込ませる、原爆がどれほど罪深い物なのか。

最後に七波が“この両親を選んで生まれて来た。”
と、皆実の精神的生まれ変わりを暗示してこの話は終わります。


作者のこうの史代さん(もちろん戦後生まれのお若い方です)は、広島、長崎以外の人は本当に原爆の惨禍を知らないこと、知ろうしないのではなく、知る機会がないことに気づき、この作品を描いたそうです。

声高な戦争反対、原爆反対はありません。
でも静かに心に響く作品です。
一読お勧めします。
(映画はどうか知りませんが、、。映画化されるとテーマがずれてくる気がして、、、、)




posted by しぇる at 21:37| Comment(2) | TrackBack(0) | 本・映画 | 更新情報をチェックする

2007年05月22日

イノセントボイス/12歳の戦場

見てて非常につらい映画です。(昨年公開)
でもこれは実話をもとに作られた映画です。


Tlflhzd0 エルサルバドルの80年代の内戦を時代背景として、政府軍とゲリラとの戦いの最前線の村で母親と姉、小さい弟と生きるチャバの数ヶ月を描いた映画。


日本人でエルサルバドルの内戦について知ってる人はほんの少数だと思います。南米のどこかだ、と思うけど、どこにあるのか正確にはしらない人がほとんどでしょう。私もそうでした。

1980年代、この国がキューバの影響で共産化することをおそれたアメリカは、政府軍に軍事支援をします。このアメリカ式訓練を受け、軍事情報を提供された政府軍は<死の部隊>とよばれ、ゲリラと銃撃戦をするだけでなく、村を襲い、多くは老人、女、子供であった村人を虐殺、家を焼き討ちし、この内戦で人口500万の国で、7万人が死亡、10万人が難民になったといいます。
(アメリカはベトナムやイラクばかりがクローズアップされますが、南米でも結構悪逆です。)

1980年におこったリオスンプルの虐殺とよばれる事件では、政府軍は子供を体を切り刻んで殺し、女たちは強姦されて殺され、川に打ち捨てられた死体は数えられるだけで600人をこえたそうです。
(日本でどっぷりと平和につかっていた私は、こんな虐殺と過酷な弾圧のことを知ろうともしなかった。うなだれるばかりです。)


政府軍は男の子が12歳になると有無を言わせず、兵士にするため、学校から村から文字通り狩って行きます。

主人公のチャバは11歳。ある日学校に銃を持った軍人がやってきて、何人かの友達の名前を読み上げ、前に並ばせ、そのままトラックに乗せて連れ去ります。親への別れのあいさつもなしに、、、。

連れ去られる恐怖で小便をもらした、友達は、後日、軍に洗脳、教育され、ためらいもなく機関銃をぶっぱなす、いっぱしの少年兵となってチャバたちの前に現れます。(この子もいずれ銃撃戦の中で、2度と親兄弟に再会することもなく殺される運命でしょう。)

夜は夜でいきなりの銃撃戦で家の中にも銃弾がとびかい、ベッドの下で身をちぢめる日々。
民族音楽は禁止され、街角をぶらつく兵士の前では息をころしてあるかなければなりません。

それでも、子供たちのエネルギーは輝いて、友達とのたわいない遊び、初恋の女の子とのキス、大好きなバスの仕事の手伝い、母親との親子の絆、小さい弟の父親がわりなど、チャバの子供らしい日々がつづられていきます。
それが最後によけいに悲しいんだけれど、、、。

12歳の誕生日に、ケーキの12本のろうそくから1本抜く母親の気持ち。口ではうるさいけれど、本当に子供たちを愛し、守ろうとする、若い母親。

明日政府軍が男の子を狩りにくる、との情報を得た子供たちは、軍が来たとき、一斉に家の屋根の上にぺったり横になって隠れます。あっちの家でもこっちの家でも、男の子たちが屋根に横たわっています。軍は子供たちを見つけられず、悪態をつきながらひきあげます。
一見屋根にねころぶ男の子たちはのどかで、ユーモラスな感じさえするところがまた、哀しい。

ゲリラ軍に参加しようとしたチャバたち4人の男の子は、とらえられ、雨の中を川まで、殺されるために頭に手を組んで歩かされます。(上の写真の場面。胸が痛むシーンです。)

あとは、ネタバレになるので言いませんが、ラストは、ハリウッド的というか、希望が少しもてます。

エルサルバドルとは、スペイン語で<救世主>という意味です。なんて皮肉でしょうか、、、。現在は内戦状態はなくなりましたが、南米ではいまでも内戦一触即発の国はまだまだあります。

では、平和にまもられ、貧困もなく、豊かな日本の子供たちは、チャバたちと比べて、幸せでしょうか?
即、Yes、と答えられないのが寂しいです。

生きる目的が見いだせず、自分勝手な理由で人を傷つけたり、はては殺したり。
外で友達と遊ばず、ゲームに没頭したり、黙々と時間刻みで塾通いをしたり、親は親で子供を虐待したり、逆に子供に殺されたり、、。

戦火の中にあっても、目を輝かせることを失わず、親子は固い絆で結ばれている。
たとえ死と隣り合わせでも、チャバたちは、生きている!という実感をより強く感じている点において、精神的により幸せでは、、、?

スペイン語の勉強のため、と軽い気持ちで見た映画にちょっと圧倒されました。
多くの日本人に見てもらいたいと思います。
よく知られていない南米の国々、また、人権が守られていない国も多い南米について、そこの子供たちについて、思いをいたしてほしい、と思いました。






posted by しぇる at 22:59| Comment(0) | TrackBack(0) | 本・映画 | 更新情報をチェックする
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