2007年10月23日

「おひとりさまの老後」

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筆者の上野千鶴子さんは、現在東大大学院の教授で、マルクス主義フェミニズム(ようわかりません、、、)に基づく社会学、女性学など専攻の学者さんです。
(時には物議をかもす)断定的なものいいが小気味よいのです。私の母校の先輩にあたるのですが、当時の彼女を知る人からは”学生時代から強烈やった。”そうです。
そうでなくても女子学生の極端に少なかった時代、たいそう目立っていたことでしょう。

いわゆるフェミニストといわれる方々の考え方には、もうひとつ賛同しかねるので、ほとんどちゃんと彼女の著書を読んだことはありません。
なのに、タイトルに惹かれてこの本、買ってみました。



子供たちが家を出て行って、ふと気づくと、あれだけ時間にしばられたくない、と思っていたのに、いざなってみると何をしていいのかわからず、「空の巣症候群」とはこういうものか、、と、ちょっぴり鬱に。

それにさらに気づくと、なんだか永遠にあると錯覚していた残された人生の時間はそれほど長くない。
元気でいられる余生としては20年もあれば御の字かも。

ならば老いに向かう日々はすでに始まっているのだ!

誰の言葉か忘れたけれど、老いの日々を冬とすれば、その冬をいかに充実してすごせるかは秋の日々である壮年期にいかに多くの収穫を得るか、で決まる、、、と。

これは興味を示しながらも未読の五木寛之さんの50代=「林住期」というのと同じような考え方だと思う。

で、この「(主に女の)おひとりさまの老後」

結婚しててもしてなくても、いずれは一人になる確率は圧倒的に女の方が多いのだ。というところから始まって、お一人様になってからの老後になるまでに、何をしておくべきか、何はしてはいけないか、、、を住居、介護、お金、葬式にいたるまでの心構えを、小気味よく、バシバシこうあるべし!と教えてくれます。
そしてその準備はすでに壮年期からしておかなければならないことも。

例えば介護について。

要介護になって中途同居したあげく介護の負担に耐えかねた子供たちからどこかのケア付き施設に入居することをせまられるくらいなら、はじめから住み慣れた我が家で最後まで暮らすべし。
そのための地域の介護資源についてよく調べておく必要がある。
そして介護されることを受け入れる勇気を持とう。(この場合の介護者は介護のプロである他人)。ただし介護される側にもノウハウがいる。また、その介護を受けるための費用をどう計画して準備するか。(年金はあてにできるかどうか今は不明だし、、)


介護に関しては、まだ自分自身の問題よりも、親の介護のほうがまだ問題なのですが、自分がされる側に回ったときの準備も同時に考え始めても早くはないのでしょう。
ただ、年老いた親を看るのは子供のツトメ、と思っている親の年代と、子供はあてにしない、と決めている私たちの世代ではちょっと考え方にギャップがあります。そこをどう、うめていくか、、、。

そして年を取ってから、だれとどうつきあうか。
壮年期以降の他人との(特に仕事関係以外の)コミュニケーション、ネットワーク作りは大事だと私も思うのです。

上野さん曰く、
高齢者の一人暮らしを「おさみしいでしょう」はよけいなお世話。
一人暮らしの基本はひとりでいることに耐性があること。そして一人暮らしの達人はひとりでいることの快楽だけでなく、不安も知っているから、ほかのひととつながることも達人だ。
家族や仕事仲間はいつかはいなくなる。そのあとに残るのは友人たち。ただし、友人は作るのに努力もいるし、メンテナンスもいる。
年をとるとは自分の弱さを認めることだ。つらい、悲しい、困った、、、そんなときにいつでも泣き言を聞いてくれ、助けてくれる人を調達し、かつメンテナンスしておくこと、友人とはそのためのものだ。

そう、そういう友人をつくるのが、まずこれからの10年間にやっておくべきことだと思う。
職場や子供つながりの友人を卒業し、老年期に向かってのつきあいをいかに作っていくか、、、今の自分にとっていちばんの課題がこれ。かなり労力と根気がいると思う。仕事にかまけて、あるいはかこつけて、地域とのつながりをおざなりにしてきたツケですね。

50代以上の(40代でも早すぎマセン)方にはおすすめの1冊です。私の親世代の女性にはちょっと受け入れられないだろうなと思うところや、私自身も、上野さんみたいにドライにはわりきれないわ!と思うところもありますが、こういうふうにキッパリ!と書かれると、高齢になる恐怖がすこし軽くなり、勇気がわいてきました。







posted by しぇる at 23:55| Comment(10) | TrackBack(0) | 本・映画 | 更新情報をチェックする

2007年09月06日

Fresa y Chocolate〜苺とチョコレート

毎度、懲りずにまたキューバネタですみません。

キューバで撮りまくった写真のメモリを失って、悔しい思いをしたので、忘れないうちにハバナの景色を確認しておこうと、単にハバナが舞台というだけで見た映画です。

内容は全然予備知識無かったのですが、見て”よかった”と、ほろりとさせる良い映画でした。
(ちなみに何年か前、ベルリン映画祭で特別賞をもらっていたらしい)

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”苺とチョコレート”
タイトルは、キューバでは苺アイスクリームはゲイ=同性愛者が食べるもの、というところからきています。


舞台は80年代のハバナ、まだベルリンの壁が落ちる前。



恋人に裏切られ、おちこむ生真面目な革命・共産主義信奉者のダビド。カフェテリアで、彼の前にいきなり現れ、苺のアイスを食べてみせるディエゴ。彼は芸術、自由を愛するゲイで、以前からダビドに思いを寄せていた。
いきなり、一方的に思われ、さらにゲイ=反革命分子と偏見をもっているダビドは彼を毛嫌いして避けるが、共産主義青年同盟の友人から、反革命分子だから証拠をつかむため、さぐれ、と言われる。

再びディエゴに接近するダビド。
喜ぶディエゴだが、彼にダビドは条件をだす。
1)人前では話しかけないこと。
2)体に必要以上ふれないこと。

相手を探る目的で近づいたダビドだったが、次第にディエゴの芸術、文学、政治、音楽への深い知識と造詣、芸術を妥協無く愛する熱意、そして温かい人柄に触れ、偏見をすてていく。
ディエゴもまた、やけ酒を飲んで酔いつぶれるダビドに触れたい気持ちをぐっとこらえ、約束を守る。
町の本屋でダビドを見かけたときも、声をかけたい気持ちを押さえ込み、悲しい気持ちを本を握りしめることでこらえる。

そして二人が、かけがえのない友となった時、ディエゴは芸術を愛するがゆえの政府への反抗を理由に、国を追われメキシコに亡命することに。

出国する前、ハバナの美しい景色を胸に刻み付けるディエゴ。
”けれど、ほんとは抱いて欲しかった。”
そういう彼をダビドは自ら抱きしめ、二人は最後の抱擁をかわした。

以上あらすじ。

とにかく、ハバナの風景が美しい。古い、いやはっきり言って、ぼろだけど格調の高い建物が作り出す景色が美しい。海が美しい。
かえすがえすも写真のメモリが〜〜〜![E:angry]

ディエゴの部屋として、旅行では見ることの出来なかった、その古い家の内部が見られたのもうれしかった。かんぬき一つでさえ、重厚な昔の造りで、アンティークな窓、鎧戸、ベランダも見所。

ディエゴが最後に景色を胸に刻んでおきたい、と言った気持ちがよくわかる。彼もこの国を、キューバの芸術を、愛しているのに、その国から追われるのはどんな気持ちだろう。切ない。

これは80年代くらいの話なので、まだキューバでは共産主義の熱心な信奉者も多かったし、政府の思想統制はもっときびしかったことと思う。
ところがこの映画みたいに体勢をちょっぴり皮肉ってみせる映画を作ることが許可されるのだから(キューバ、メキシコ、スペイン共同制作)、時代は変わって来ている、と言うべきか。
ポスト・カストロのキューバは要チェックだな。

最初ゲイを恥ずべきことと、毛嫌いしていたダビドが、最後の方でディエゴに言った冗談がとても気に入ってる。
 
ディエゴ:君は美しい。文学の才能もある。唯一つの欠点は
     ゲイでないことだ。
ダビド:完璧な人間はいないさ。


[E:smile]私はここで笑えたんだけれど、、、。
ダビドが、ゲイは恥ずべき性癖でもなく、ただその人の属性の一つにすぎない、と悟ったことがうかがえる一言です。

ただ、ダビドを演じた俳優さんがもう一つ、美声年といえなくて、、、。ヨーロッパ人はああいうちょっとエキゾチックな感じにひかれるのかな。
あれがガエル=ガルシア=ベルナルくらいの超美形だともっと感情移入できたんだが。

ディエゴの俳優さんは知らない人でしたが、澄んだ瞳がとても美しく、魅力的なディエゴを演じています。
ダビドに対する思いを自制するストイックなところ、芸術に対する政府の無理解に激高する所、最後に愛する国に追われる悲しみを切なく、切なく演じています。
彼のシンボルはヒマワリ(スペイン語でgirasol・ヒラソル)の花。映画の中でも効果的に使われています。


地味と言えば地味な映画ですが、CGてんこもりのハリウッド映画に飽きたあなたにおすすめ。
ハバナの町の美しさなら、この映画と”ブエナ=ビスタ=ソシアルクラブ”→http://blog.kansai.com/cheruprifre/133をおすすめ。堪能できます。


posted by しぇる at 00:33| Comment(2) | TrackBack(0) | 本・映画 | 更新情報をチェックする

2007年08月10日

キューバネタその3:el CHE~チェ・ゲバラ 伝説になった英雄

Ei9xcopf はい、このおっさんは誰でしょう?
最近でもこの顔のついたTシャツ着てる若者よく見るけれど。そう、昨日ご紹介したcafe calienteの壁にかかってたポスターのチェ=ゲバラですよ。


彼が銃殺されたというニュースは当時(1967)中学生だった私も微かに覚えてる。私の年代の人にはかっこいいヒーローとして記憶されているのでは?

しかしっ!私の廻りの若いもんに聞くと、
”えっ?げまら?げばら?何ですか、それ?”
[E:coldsweats02]
これはジェネレーションギャップ?それとも私の廻りは世界史いいかげんに勉強した奴ばっかり?

チェ・ゲバラを知らんのか?おまえら!

ジョン=レノンをして”世界一かっこいい男”と言わしめたゲバラを!
って、そのうちジョン=レノンって誰?っていわれそう。処置なし。


Hvsatrgb この映画、
キューバ革命をカストロとともに成功させた革命家、ゲリラの親玉、政治家 etcの現実の映像や、当時の彼の廻りにいた関係者のインタビューからなるドキュメンタリーです。



う〜ん。カストロって誰?キューバ革命ってなに?って聞かないでね。
詳しくはWikipediaでも読んでみて。


彼に興味を持ったのは、だいすきなメキシコの俳優、ガエル=ガルシア=ベルナル(guapo=スペイン語で超男前)が、若き日のゲバラを演じたこの映画を見てから。


Qshlb6xa モーターサイクルダイアリーズ


アルゼンチンの中流家庭に生まれ当時22歳の喘息持ちの医学生だったエルネスト(ゲバラの本名)が友人と2人、おんぼろバイクに乗って南アメリカ12000kmを縦断。

南米社会の現実を知り、のちに革命家となる彼に強い影響を与えたと言われる若き日のエピソード。
まあ、卒業を前にしてこういう無茶な旅を企画する段階からもう普通の人ではなかったわけね。
おとなしく医者になって中流の平凡な人生はどっちにしても歩んでなかっただろうな。

その後、つい最近、NHKの番組でゲバラの最後についてのドキュメンタリーを見て、さらに興味が。

彼の最期の状況は長い間ボリビア政府に隠蔽されていて、銃殺されたとか、銃撃戦で死んだとか憶測が飛び交っていたのです。彼を最期に世話した当時若かった小学校の女教師のインタビューが印象的でした。


Qbi7udno 収容された小学校の校舎の中で銃殺された彼は、それでも最期まで生き延びることを信じ、年若い教師に理想をやさしく語っていたそうです。


う〜ん。それにしてもGUAPO!

そしてこの映画を見て、当時よくわからなかったキューバ革命やゲバラの果たした役割、どうしてカストロと別れ、キューバを去ったのかなどがやっと理解できました。

わたしも若いもんのことはいえませんな。かっこいいというだけで、たいしてよく知ってなかったんだなあ。


Uvcs4jdn 手を縛られた彼を前に、銃を撃てないでいるボリビア人兵士に”構えよ!よく狙え!”と言ったという壮絶な最期。彼の死体はヘリで運ばれ、民衆のさらし者になった。(この死体の写真は有名)享年39歳。
”ボリビア人を殺した悪者の顔を見てやる”と息巻いて来たある婦人が、死体を見るなり、”おお、なんということ!彼はイエス=キリストにそっくりだ。”とかえって泪をながしたとも。


数奇な運命をたどった最期のヒーローらしいヒーローではないかと思う。
冷酷な面もありながら、基本は貧しい南米の人々へのあたたかいヒューマニズム、高い理想、冷徹な戦略、果断な行動力を持ち、おまけに男前!とくれば惚れるわ、そりゃ。


その後ボリビア政府により、その埋葬地が聖地になるのをおそれ、30年来どこにかれの遺体が埋められているのか謎であったが、1997年、遺骨のある場所判明。30年ぶりにキューバに帰還。いまは静かにサンタ=クララの町に眠っていると言う。

一人でヒーローになり得る男、この先もういないだろうなあ。世界情勢が複雑になりすぎて、、、。
そして、危篤とも伝えられるカストロ将軍、確かに一つの時代が終わろうとしている。キューバはこれからどこへいくのか?アメリカみたいにはならないで欲しい、、と思うのだけれど、、、、。


posted by しぇる at 22:46| Comment(0) | TrackBack(0) | 本・映画 | 更新情報をチェックする
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