2012年02月03日

須賀神社〜吉田神社・追儺式2012

今年もいろいろなところで節分の行事がおこなわれましたね。
私はやっぱり昔から徒歩圏内の吉田神社です。

丸太町を北上してまずはこちらへお参り。

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古くは岡崎神社の東天王社に対して西天王社ともよばれた須賀神社。

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なんといっても最近有名なのが懸想文売り。
イケメンという情報あるも確認できず。


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だって目しかみえない。



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売っている懸想文のお守りの効能は「顔かたちが良くなり、良縁に、、、云々」なので、すでに手遅れの私としては昨年はスルー。

でもでも、きくところによると箪笥にしまっておけば着物がたまる、、、らしいので、今年はもとめました。
(おほほほ、、、着物はいくらあってもよいわ[E:happy02])


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ちなみに中はこのような懸想文が。

「辰郎様へ   美卯まいる」

と書いてあるのは卯年から辰年へ、ということなのね。
来年はまた辰から巳になるのでしょう。

さて須賀神社からさらに北上して吉田山をめざします。
途中、昔住んでいた近衛通りにでると、、、、



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あああ〜っ!!

喫茶このえがついに更地に!

学生時代この喫茶におせわになったK大OBはたくさんいると思います。
おじいさん、おばあさんがええ味出してました。
ずいぶん前から空き家になっていたのは知っていたのですが、そうか、ついに更地になったか。

こうしてまた思い出になってしまったわね[E:weep]

(在りし日のこのえ、vivasan様がアップされていますのでリンクしておきますね。こちら


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気を取り直して吉田神社へ。

2日は曜日巡りが良く、今年は追儺式を見ることができそうです。
(学生の時は毎年みてました。)






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境内では3日の火炉祭の準備が。
まだ燃やす古いお守りなどはそれほど集まっていませんが、明日にはたぶんぎゅうぎゅうに詰め込まれていることでしょう。

深夜近くの火炉祭のほうは昨年行きました。



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巫女さん達も御豆さん買うのね。



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追儺式の始まる直前。
儀式の方は、この場所では見えませんが、この前を鬼たちや方相氏(ほうそうし)が通ります。


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BGMは雅楽とホラ貝の音。
追儺の行列が降りてきました。

追儺の儀式はもともと禁中でおこなわれていた疫鬼をおいはらう陰陽五行と深く結びついた儀式とか。

寒の頃、古い年のきわまった陰(=鬼)の気を駆逐し、新しい年(=立春2月4日)を迎えるための儀式だったんですね。

陰陽師が祭文を読み、方相氏が矛と盾を持ち、その矛を地面に打ち鳴らしながら「鬼やらい、鬼やらい」と言って宮中を歩きまわる。そしてその後には殿上人たちが桃の弓と葦の矢を持って続く。
(桃や葦にも古来より邪気を祓う力があるとされていた)




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(ぶれてますが)この方々が最後に桃弓を射る王卿の方々。


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金色四つ目の方相氏登場。

かつては大舎人寮のなかの屈強な大男が扮したとか。
玄衣朱裳(ようするに黒と赤の衣裳)で侲子(わらわべ)20名をひきつれています。

(子どもたち、寒そうでした)

おりからの鍋底寒気で雪はちらほら。
心底寒い、節分らしい夜です。


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赤鬼、青鬼参上。

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子供をめざとくみつけると駆け寄って「ウオ〜ッ!!」とおどかすのがお約束。

娘にメールでこの様子を送ってやると、「小さいときこわかったのを覚えている。」って。[E:coldsweats01]


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ベストパフォーマーは黄鬼さん。
けっこうヤンキーっぽくあばれていました。



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後世恐ろしい物として、この方相氏が追われる鬼に逆転した、というのは不思議です。
これも宮中の節分行事、土牛童子の儀式とミックスされて豆まきがおこなわれるようになったことと関係するそうですが、なかなか奥が深い。

それほど昔の人は自然現象や疫病などをおそれ敬虔に祈りや儀式をおこなわずにはいられなかったのでしょう。

自然をおそれなくなった現代人がうけたしっぺ返しが辛く感じられるこの1年、そんな自然の脅威への畏怖の気持ちを思い出してみるべきかもしれません。


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ちなみに私はこの追儺の勉強をこの本でしました。[E:coldsweats01]
(岡野玲子さんの「陰陽師」第3巻)


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節分の日のみ開けられる、全国3132座の神様を勧請した大元宮。

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厄塚で厄除けを祈願。





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お供えのお名前を拝見するに、三千家、藪内、、、など茶家のものを発見。


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唐土から非時香菓(ときじくのかくのこのみ)を持ち帰った田道間守(たじまもり)を祀る菓祖神社。

今年もおいしい和菓子がたくさん食べられますように。

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菓祖ですから、毎年お菓子と豆茶の無料接待があるんですよ。
寒い中、あつい豆茶はなによりのご馳走。

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昨年気づかなかった橘の木を境内に発見。
非時香菓=橘といわれていますからね。


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あと、夜店のにぎわいも忘れちゃならないお楽しみです。


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立春からはじまるこの1年(旧暦)、今年はどなたさまにも良い年でどうかありますように。


posted by しぇる at 18:12| Comment(18) | TrackBack(1) | 京のお祭 | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
私は吉田神社は失礼してしまいました。
先日お会いしました外人さんは吉田神社の鬼をしたことがあるとおっしゃっておりました。
Posted by ひいらぎ at 2012年02月03日 20:19
ひいらぎ様

私も今年は火炉祭をパスします。[E:coldsweats01]
夜店は見ているだけでも楽しいのですがね、この寒さが〜〜〜。
Posted by しぇる at 2012年02月03日 22:12
こんばんは、です。

あの更地になったところは「喫茶このえ」というんですか。
あの裏側の家は何年か前に既に更地になっており、
その頃その更地のところを夕方に妻が通った際、
電柱のかげに白い着物姿の女性が寂しそうに佇んでいたのを
視野の隅に見、「え?」と思ってその方を向くと
誰もいなかったとか...

本日3日に私たちはお参りしました。2日は無茶苦茶寒かったですが、
今日は幾分マシだったような気がします。
Posted by とんぼ@岡崎 at 2012年02月04日 03:10
とんぼ@岡崎様

ご近所の(たぶん)とんぼさん、こんばんわ。

>白い着物の、、、

ひええ〜〜〜ですね。私その手の話、よわいんです。
幸いにしてというべきか、霊感はいっさいございませんので「そのようなモノ」は、見ずにすんでおります。
喫茶このえはかれこれ30数年前、授業の合間によく行きました。当時からすでに巧まざるレトロ感があって、それにぴったりのおじいさんがやってはったんです。前をとおるたびに、まだ建物だけでも健在だ、と安心していたんですがね〜。残念[E:bearing]
Posted by しぇる at 2012年02月05日 00:07
ご無沙汰しております。
流石、京都ですね~~~
お祭り騒ぎと言うよりは、祭事と言うべき
雰囲気です。
橘、いいですね。
こちらではあまり見かけません。
Posted by nageire at 2012年02月05日 11:28
nageire様

吉田神社へ節分祭に行くというと「どんなタレントが来ているの?」と聞かれました。そんなんと違うのに違うのに〜、、、[E:shock]
かくいう自分も節分=豆まき、としか思っていませんでした。
京都ではいろいろなことが勉強できます。
非時香菓の橘は、どれがほんとうの橘の実なのかじつのところよくわからないらしいです。
Posted by しぇる at 2012年02月05日 21:51
吉田神社の追儺式はこんな風にされるのですね!
万城目学さんの「鴨川ホルモー」の舞台が吉田神社だったので、こちらの夜の風景を是非見たいと思っていました(笑)
こまちは夜の一人歩きができないので、昼間に廬山寺に行って参りました。
こちらも鬼法楽はすごい人出で、豆を拾うこともできずに淋しくホテルに戻りましたが、おかげで年の数だけ豆を食べるのを忘れてしまいました[E:coldsweats01]
でも、もう年の数の豆を食べるのはちょっとかったるいです(笑)
Posted by こまち at 2012年02月05日 22:04
こまち様

だれかも言ってましたね〜、ここで、レナウンレナウン♪ってやってたんだよね〜って。[E:happy02]あれは京大生気質がよくでていておもしろいお話しでした。
廬山寺も有名ですので、いつか曜日巡りがよいときに行きたいと思っているのですが、そんなに人が多いのですか?あそこは吉田神社と比べると狭いのでたいへんでしょうねえ。
それにしても、こまち様、底冷えの京都、堪能されてますね。
冬の京都って、好きですね〜。

今年はあちこちで福豆をもらったので、年の数以上は食べたかも。
はい、お腹ですごくふくれて苦しかったです。
Posted by しぇる at 2012年02月06日 00:44
喫茶このえの跡、昨年の12月に通りかかった時にはすでに更地になっていました。やっぱりね~。寂しいですねえ。(涙・涙)

今年はあまりの寒さに冬眠していて、節分にはどこにも出かけませんでした。
Posted by vivasan at 2012年02月06日 01:18
おはようございます、しぇる様

吉田神社の節分、私も学生時代毎年友人や先輩達と行ってました。
深夜の火炉はギリギリまで、研究室にお邪魔させてもらって。
このところはとんとご無沙汰ですが。
なので、ご近所の出世稲荷でひいらぎを。
廬山寺は物凄い人出ですよー。
境内は門までぎゅうぎゅうです。
ですが、最後は調伏され改心した鬼さんにお払いをしてもらえるので、なんだか素敵な行事なんですよ。
色々と各お寺社で特色がございますねぇ。
立春大吉、あまねく人々によろしきことがございますように。
Posted by いけこ at 2012年02月06日 09:49
vivasan様

トラバありがとうございます。
文中に在りし日のこのえの記事、リンクさせていただきました。
とはいえ、当時ももう営業されていなかったんですよね。[E:think]
さびしいなあ、、、

おや、vivasan、今年は須賀神社、いかれなかったのですね。
着物はもう増やさないのですか?
顔かたちはもうこれ以上望む必要はないし?[E:happy02]
Posted by しぇる at 2012年02月06日 21:46
いけこ様

出世稲荷ではひいらぎをいただけるのですね。
この節分と柊の関係もどこからそういう形になったのか、知りたいところです。節分の行事って、いろんな風俗信仰の集大成ですねえ。

立春大吉、鏡文字。
ほんとうによき1年でありますように。
Posted by しぇる at 2012年02月06日 21:50
京都の年中行事は中々見に行けませんが、今回も追儺式の詳しいレポート、興味深く読ませていただきました。但馬は大雪、雪かきでヘトヘトです。
雪深い但馬から、非時香菓を捜しに旅立った田道間守は、済州島にたどり着き橘を目にして、これこそ常世の国と喜んだことでしょうね。しかしせっかくの橘を持ち帰った時には垂仁天皇は既に亡く、嘆き悲しんだ田道間守も息絶えて、垂仁天皇陵の堀の中島に祀られたとのこと。
それで故郷の但馬で田道間守を祀った神社が、豊岡の中嶋神社です。宮司さんによると、各地の菓祖神社は頼まれて分社したものとのこと。田道間守の歌もあって、お話を聴いた時はみんなで歌ったんですよ。
Posted by そろいろつばめ at 2012年02月08日 14:13
そらいろつばめ様

はい、TVで見て、但馬の大雪はたいへんだろうな、、、とお察ししておりました。雪かきが重労働ですよね。義兄はそれで指1本とばしましたし、、、[E:shock]
田道間守の名前を聞くと音からもすぐ但馬を思い出します。中嶋神社のお話しもたしかお聞きしましたしね。あれから逆に吉田神社の菓祖神社を知ったのです。
田道間守の歌、YouTubeで聞きましたよ〜!
こんな歌があったとは。しかも国民学校唄歌だったんですね!
Posted by しぇる at 2012年02月08日 23:00
しぇるさん、京大のobやったんですね。
Posted by ひょろぎ at 2012年02月14日 20:02
ひょろぎ様

へい、OGでございます。
このあたりホームグラウンドでした。
Posted by しぇる at 2012年02月14日 23:40
あっ、失礼[E:sweat01] 女性だからogですね。    かんにんぇ。
Posted by ひょろぎ at 2012年02月17日 17:52
ひょろぎ様

い〜え、お気づかいなく[E:coldsweats01]
Posted by しぇる at 2012年02月17日 19:26
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喫茶「このえ」
Excerpt: 東大路通り近衛から東へ進み、突き当たったところにある喫茶「このえ」。 今は営業していません。
Weblog: ビバさんのさんぽ道
Tracked: 2012-02-06 01:30
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