2010年08月29日

楽さん(当代・楽吉左衛門)の講演

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水の都、ヴェネチア、、、、ではなくて、、、、

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ここは大阪でございます。
水都は水都でございますよ。

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本日は大阪、天満橋にあるドーンセンターで、当代の楽さんの講演会を拝聴しにいきました。
(裏千家淡交会大阪西支部の主催)


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講演前の呈茶席では鶴屋八幡さんのお菓子、「ひさご」をいただきました。
このひさご、少し前までは緑だったのですが、まだ暑いとはいえ処暑をすぎましたので、熟れた色にかわりました。


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呈茶席のお花。
唐籠がまたいいですねえ。


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楽さんのお話はタイトルこそ「長次郎と私」でしたが、多岐にわたり、特に3年前自らが設計された佐川美術館(滋賀県)内の茶室についての思いも語られました。

あれはコンクリートうちっぱなしのような、アヴァンギャルドな茶室で小間などは水中に半分没しているような、いままでみたこともない茶室、、、、という印象で、あまりよい感想はもっていなかったのですが、お話をうかがって、あの茶室への思いをお聞きして、ああ、そうだったのか、、、と合点がいきました。

(、、、、といっても実は実際にはみたことないんですが。)

長次郎(楽家初代、利休の指導のもと、楽茶碗を作り出した)の茶碗から、利休の残した妙喜庵・待庵。
それらを深く感じ意識しながら到ったのが、光以外のすべての要素をそぎ取ったあの茶室である、と。

それに対する評価、感想はひとそれぞれだと思いますが、一つの茶室へのアプローチとしては、利休が究極の今日庵一畳台目を作った如く、革新的試みとして評価されるのでは、と思います。(と、私ごときがえらそうにいうことではありませんが、、、)

楽さんが楽家の仕事を継ぐ決心をされたのも、20代になってから、しかもイタリア遊学中、というのも意外でした。
茶道をはじめられたのも、かなり遅くなってからとか。

千家十職の家に生まれた方がみんなはじめからそういう英才教育をうけているわけではない、というのは興味深いです。
継がない、という自由意志も尊重されるのかどうか、聞いてみたい気もしますが。
ヨーロッパではそういう十職のような家が代々400年も続いている、ということが「ありえない」ほど、すごく不思議なことなんだそうです。

そして楽家当主をして「長次郎をこえるものはいない。」と言わしめる、長次郎の茶碗。
写真を見せていただきながら、このうちいくつかは実物をガラス越しに見たなあ、、、、と。

「大黒」「無一物」「俊寛」「面影」「ムキ栗」などなど、、、

フランスで楽歴代の展覧会をしたところ、文化も歴史もちがうフランス人が足をとめるのが必ず長次郎の黒楽の前だったとか。
評して「静かだ。」と。

よく見ると、長次郎の黒楽は純粋の黒ではない。
曜変天目のような黒ではなく、瀬戸黒のような黒でもない。


利休の理想そのままに、柱を立てないで塗り回した床壁(室床)が無限の空間を感じさせる待庵の黒い土壁。
この待庵の二畳の空間の中に座ったとき、まるで長次郎の黒楽「大黒」の茶だまりに座っているような感じがしたそうです。


この両者に通じる物、それを玄又玄(黒のまた黒:(老子)玄又玄衆妙門より)と思うとのこと。

こんな深いお話を約2時間、飾らないご自分の言葉で話されたのがとても印象的でした。

もうひとつ、印象に残った言葉。
大寄せの茶会、道具ばかりが主人公になる茶会、そこに利休さんはおられない、と。

さて、友人が購入した楽さんの本。






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佐川美術館の茶室をつくるにあたっていろいろご苦労された5年間の記録です。
本屋で立ち読みした限りでは、こういう茶室を一般の人はまず作らないだろうし、建築の専門的な記載が多く、理解しにくい事もあって、食指が動かなかったのです。
できれば、コンセプトだけをダイジェストした本が読みたいですわ。

友人に言わすと、「いや、この直筆のサインだけは価値がある。」、、、そうです。[E:coldsweats01]


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今まで、当代の楽さんのアヴァンギャルドなお茶碗にいまひとつよいイメージをもっていなかったのですが、今日のお話を聞いて、ちょっとファンになってしまうかも〜と思いました。


posted by しぇる at 20:00| Comment(6) | TrackBack(0) | お茶と着物・2 | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
しぇる様

当代の楽さんのお茶碗
造形的にはいいのでしょうが、
やはり、あれでお茶を飲む気にはなれません
お父様が亡くなられ、あとをついだ時は壮絶な思いだったそうですね
当初はお母様の後ろに控えているようなお人柄だったそうです。
それが何かで吹っ切れたんでしょうね。

写真家で古美術商の杉本博司さんも
古写経の表具に独特の考えがあり
白金箔を一面に貼った中回しなど強烈です

楽さんのお茶碗とは共鳴し合うかもしれませんね。
Posted by 野中の清水 at 2010年08月29日 23:19
野中の清水様

当代の楽さんのユニークなお茶碗は今後どう変遷していくのか興味あります。後世にどう評価されるか、未知数ですよね。

若くして父であり、指導者でもあった人を失って、大きな屋台骨を背負わざるを得なくなった人、、、というので瓢亭の高橋英一さんを思い出しました。いろいろご苦労はあったでしょうが、今はお父上にもまして確固たる地位を築かれましたね。楽さんもめざすは長次郎越え、でしょうが、まだまだ大変そうです。
Posted by しぇる at 2010年08月30日 21:26
代替わりをして、注文もなく生活苦も経験されたとか・・・

楽茶碗では国宝は1点しかない
それは光悦の「不二山」 
彼は陶芸専門ではない

長次郎は楽茶碗を利休さんと作り上げました
楽家も5代以降は個性で勝負
お父様とは個性の違いで逃げられますが
当代さんが長次郎さんを超えるには
楽焼を捨てねば無理です
あの破格の色使いはそれを意識していると思います
長次郎さんはもうほとんど実験的なことをし尽くして楽茶碗を作り、
そのうちで利休さんの目に適ったものが残った

当代さんが長次郎を超えるためには、利休さん以上の目利きなしでは無理です

パリでは展観客が長次郎さんの作品で留まるとのこと
当代さん 
頑張らないと
そして捨てないと
Posted by 野中の清水 at 2010年08月30日 23:08
野中の清水様

楽さんも最初に感動した茶碗が光悦の「乙御前」だったそうです。
私が見て最初に鳥肌がたったのが、学生の時に見た光悦の「雨雲」でした。
おそらく美術品としてみると光悦の方が完成度は高いのかもしれません。
ただ、茶碗はあくまで茶室で使われてなんぼです。
茶を入れて引き立つもの、薄暗い茶室にあってなじむもの、、、と美術品としての完成度は必ずしも一致しないのかもしれません。

>当代さんが長次郎を超えるためには、利休さん以上の目利きなしでは無理です

ということは、やはり長次郎超えは不可能でしょうか?
まだお若いので、今後に期待いたしましょう。
Posted by しぇる at 2010年08月31日 19:46
しぇる様
仰せのとおり、
茶碗は茶室で使ってなんぼのもの
「毘沙門堂」と「不二山」とを入手した美術商さんが、
茶道具としては「毘沙門堂」の方が好ましいと判断し
「不二山」を服部さんに売却されたと云うことを、
例の恐ろしい会で美術商さんの番頭をしていた
人からききました
美術品と茶道具の違いは使うか、見るか、なんですね

わたしも、当代さんの今後を期待しています
彼らしい茶碗で一服いただくと印象は変わるのでしょうね

しぇる様
ご購入のあかつきには是非お相伴させてくださいね
Posted by 野中の清水 at 2010年08月31日 20:42
野中の清水様

写真を見てみると、やはりお茶に使うなら私も「毘沙門堂」だなあ、、と。
両手で包んで持ってみたい。

>ご購入のあかつきには是非お相伴させてくださいね


おほほほ、、、あんなおそろしい値段ではとてもとても、、、、[E:coldsweats01]
Posted by しぇる at 2010年08月31日 23:10
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