2012年10月22日

神無月雑記2012

<その1> 着物の染め替えと髪飾り


P1160224

これは私が学生時代から着ている色無地・一つ紋です。

学生の頃は淡いクリーム色でした。
嫁にいくにあたって母がこのカレー色金茶色に染め替えてくれました。

なにかにつけ便利な色無地ですが、なんだかね〜、この色顔写りが悪いというか、顔色が悪く見えて老けるんですよね。(まあ、確かに老けては来たが)

で、2度目の染め変えをお願いしました。

P1000515

明るい臙脂色にしました。

生地がよかったのか(おかあちゃん、ありがと)2回染め替えてもつやが失われていません。


P1010075

太陽光でみるとこんな感じで、やっぱりこの方が顔写りよいし、ちょっと若く見えるし[E:coldsweats01]正解でした。

まだまだ活躍してくれそうです。
そう思えば着物ってほんとうに経済的。


P1000766_2

四条祗園近くの和髪飾りのお店、金竹堂で欲しかった柘植の髪飾りを買って、、、


P1010073

こんな感じでお茶会へ行きましたとさ。


<その2> 灰型・向山


10月はお茶では名残の月。
風炉もそろそろおしまいです。

この季節独特の中置(風炉を畳の中央において、水指が勝手付に移動)用に向山を作る。



P1000461

おお!
美しい向山!

、、、、、ってこれは師匠のです。

私のはこちら。

P1000463

なんだかなあ、、、[E:coldsweats01]

P1010089

家の風炉はとうとう片付けました。
いよいよ炉の季節ですね。

<その3> ソウル旅行・補遺

キンキラキンの華やかな建物が立ち並ぶ宏大な昌徳宮(李朝の離宮)の一部に、こんなひっそりした渋い建物群があります。

P1010058

楽善斎とよばれる建物で、王亡き後の未亡人になった王妃や王の側室が住んだ場所。


P1010060

この渋さが日本人にはしっくりきます。

日本の梨本宮家長女であり、李朝最後の王妃となった李方子(まさこ)はここで暮らして、1989年、ここで亡くなられたのだそうです。
(以前来たときに説明は聞いているはずですが、さっぱり記憶にない。というかそういう説明なかったのかも。パンフレットにも書かれていないし)



P1010062

日韓併合による確信的政略結婚でありながら、ご夫婦のお互いへの愛情は深かったそうです。

敗戦によって李垠・方子夫妻は王族ではなくなり、一在日韓国人となり日本で細々と暮らされ、希望した韓国帰国も当時の大統領李承晩により拒否されました。

1963年夫妻はようやく帰国を果たされましたが、7年後御夫君と死別され、韓国に帰化し、ここ楽善斎で暮らしたそうな。

以後亡くなられるまで、韓国の障害児教育にとりくんだり、日韓関係改善のために尽力されました。

かつての宮家の中にこんな背筋をのばして、激動の歴史の中、自分の分を見事に生き抜いた方がおられたとは。
ここはそんな方が暮らした場所だったのだなあ。


<その4> 三条京阪で、「重陽に寄せるお茶ノ時間」




10月23日は旧暦で9月9日、重陽の節句です。
新暦だと菊がまだそれほどきれいに咲かないけれど、今は菊の盛りですね。




P1010095

三条京阪にあるレストラン街・KYOUENの真ん中に突然お茶室が出現。


P1010090
好日居さんが2日間だけ出張茶会をされました。
(京阪主催で無料だったんですよ〜)

気分は「賣茶翁」だそうです。


P1010093

菊のしつらい。
どんなスペースでも茶室になるこの不思議。
P1010091

このグラスの中の日果さんのお菓子。



P1010092

取り出してみると、、、おお、小菊だ!



P1010094


あいたグラスを差し出して、抹茶をそそいでもらう。
菊花をちらした菊茶!


寿命がのびそうですね。


posted by しぇる at 22:50| Comment(6) | TrackBack(0) | お茶と着物3 | 更新情報をチェックする
×

この広告は180日以上新しい記事の投稿がないブログに表示されております。