2012年09月18日

楽美術館・明月の鑑賞茶会

楽美術館では年に数回、収蔵作品を使っての鑑賞茶会をしてはります。

楽さんご自身が亭主をされ、あの歴代の楽茶碗を、掌にのせ触れ、口をつけてお茶を味わえる、、、というすばらしい企画[E:heart04]

P1000237

楽さんのお家のお茶室、翫土軒でいつもはあたらぬくじに当たって楽吉左衛門還暦茶会によせてもらったのはもう2年も前になるんですね。

P1000238

ただいま秋期特別展「肌をめでる〜樂茶碗の陶肌 大西 釜の鉄肌 一閑・宗哲の漆肌」開催中。

本来ならこの展示を拝見してから参席すべき所、茶会の前も後もかけずりまわる予定があって、見ておりません。
茶席での楽さんのお話が、主にこの展示についてのことでしたので、ああ、展示がすなわち待合、という趣向だったか、と悔やむも、とき既に遅し。

(遅まきながら、他日この展示は見に行こうと思います。楽茶碗より大西家の釜とか、他の十職の作品が多い展示というのもめずらしいし。)

ちなみに翫土軒(がんどけん)は六畳+二畳、楽さんは表千家です。



P1000241

お軸は大徳寺のお坊さん(名前不明)の明月画賛。
円相にも見える満月に、「取不得捨不得 咦(?)」。
これは曹洞宗・永嘉大師證道歌が出典のようです。

花入は三代一閑(18世紀ごろ)の桂籠。
花は秋海棠、かりがね草という紫色の萩ににた花。

鉄風炉が大西家十代浄雪、それに掛けられた刷毛目釜がその弟の奥平了保作。

水指が、かわった手のついた釣瓶型の白楽、楽家十一代慶入。



さて、いよいよ手に触れてお茶を味わえるお茶碗。

主茶碗は「姥捨」、六代左入、二百之内。
(享保18年に制作された二百碗の連作のひとつ。一作ずつ作行きが異なり、それぞれに表千家七世如心斎が銘を書き付けている)


このすざまじき銘の茶碗を選ばれたのは、軸の「明月」に対応して。
謡曲「姥捨」は月の名所、更科が舞台。(田毎の月で有名ですね)

 さなきだに秋まちかねて類ひなき 名をもちづきの見しだにも
             覚えぬほどに隈もなき 姨捨山の秋の月 


畳の上に置いた姿を見ると、光を吸収するような黒です。
見る人の意識も吸い込まれていきそう。
なぜ、これに「姥捨」という銘がついたのでしょう。

謡曲では捨てられた老婆は、明月に照らされてその魂は昇華されていったのか、いまだにさびしく更科の山に残っているのかわからない終わり方をするのだそうです。

  我が心慰めかねつ更科や姥捨山に照る月を見 て  (古今集:老婆がよんだことになっている)




そして茶杓が碌々斎(表千家十一代)・「標月」。


お菓子が聚洸さんの「雁月」
(黒糖葛につつまれた芋餡(?)がおいしかったです。)

この茶室にて、すざまじき秋の野の明月を堪能させていただきました。


数茶碗として出てきて、手に触れて鑑賞できたお茶碗は他に

*赤楽 「秋海棠」 旦入
*露山焼 「山里」 慶入
*赤楽       弘入
*黒楽四方茶碗(ムキ栗みたい) 「四季の友」  覚入  (私はこれでお茶をいただきました)
*赤楽 「蒼雲」 当代楽さんが吉左衛門を継ぐ前、29歳の頃の作



この蒼雲は一見まっとうな(?[E:coldsweats01])楽茶碗にみえますが、高台から腰にかけて荒々しい貫入がはいって、今の作行きに通じる物がすでに内包されているようです。

それでも「若い」と感じるのは、手びねりだからこそ、とのこと。
P1000243

楽さんのお話は、お茶をやっている者にはいつもとてもおもしろく、彼の生き様も垣間見ることができるような気がして、何度でも聞きたい。

普段はガラスケースの向こうでヨダレをたらしながら(?)見ているだけの茶碗に直に触れて、お茶室でお茶をいただいて、かつ楽さんのお話をきける、、、というのは理想的な茶碗鑑賞の方法に思えます。
それなりにリスクもあるでしょうが、楽さん、太っ腹。

う〜、、、やみつきになりそう。[E:happy02]


posted by しぇる at 20:00| Comment(4) | TrackBack(0) | お茶と着物3 | 更新情報をチェックする
×

この広告は180日以上新しい記事の投稿がないブログに表示されております。