2012年06月12日

水無月の茶事〜灑雪庵

以前から、ブログを拝見し、勝手に憧れていたお茶人さんがおられます。

お茶事を心から愛され、お道具も室礼も、お茶事のテーマさえ自由自在に楽しんでおられるご様子が、とてもステキで、かくありたきものだなあ、、、と。

その暁庵様が関東から京都へお茶をされるために引っ越してこられる、と知ったときには、もしかしてお目もじできるチャンスが〜〜っ!、、と舞い上がりました。

そして、なんと、なんと、ご縁あってお茶事にお招きいただく機会を得ましたの。[E:happy02]

御連客あわせて4名の水無月茶事、ご招待は巻紙にて水茎のあともうるわしく。
(これに筆でお返事を書くのがどんなにプレッシャーだったか、、、←かなりおはずかしい悪筆なもので[E:coldsweats01])



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1年ぶりに登場した雪佳さんの金魚の帯絞めていざ。

暁庵様の京都のお宅は雰囲気のある古い町家です。
こちらに「灑雪庵(さいせつあん)」と名付けられました。

ふり灑ぐ(そそぐ)雪、という意味で、金沢にある金沢最古の茶室・灑雪亭から思いつかれたとか。
「古い町家なので、冬には寒く、雪もふきこんできそうですが、それも愛でて暮らしたい」という暁庵様の思いがこもったお名前。
オリジナルの漆喰壁の時代を経たくすみ加減、三和土、建具、いずれをとっても町家愛好家としては涙が出るほどうれしい、理想的なお茶事の舞台です。
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(ユキノシタ)

玄関庭の三和土を利用した腰掛け待合いの漆喰壁に、書家の方が書かれたアートな「灑雪庵」の額があまりにも見事にとけあっているので、もうここはこじめから灑雪庵であった、、、とそう思えるくらいです。


玄関の間の三畳がお待合。
待合掛けが、ご友人の手になる布絵。
布で描いた「慈雨」と育ち始めた稲の苗。
水無月茶事のはじまりです。


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(オオムラサキツユクサ)


本席は変則的蹴込み床のある四畳半、お軸は大徳寺・藤田 寛道師の「洗心」。

茶室に入るときに、蹲居で手を浄めるが如く、心も浄める。
かくありたいもの、と解釈いたしました。


次にお釜に目が行きました。
責紐釜(せめひもがま:釜の口のすぐよこに鐶付がある)がかかっていましたが、この鐶付に水引がかけてあり、蓋を封印してあるのです。
話にきいたことはありますが、拝見するのは初めて。

責紐釜は、かつて貴人にお茶をさしあげるときに、両脇の鐶付に紐を通して蓋を押さえ、口に封印をするのにもちいた、とあります。
どうやら名水をご用意いただいたようで、そのための封印のようです。
わくわく[E:heart01]





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(クチナシ)

ご挨拶のあと、お心づくしの懐石をいただく。

ホタテのしんじょう(蒸し物)がおいしくて。

やはりお茶事をしようと思うと、お料理の方もやっぱりね〜、、、[E:coldsweats01]勉強しなくちゃ。
(私は、懐石はいままで仕出しばかりで自分で作ったことないのです。)

この茶事はお亭主お一人の力ですべてこなされているのです。
そこはやはりお茶事の手練れ、キャリアがちがいます。

献立も、懐石道具の使い方も、融通無碍、とりたてて無理しなくても、こんな風にできるんだ、ということをたくさん教えていただいたような気がします。

お道具は関東のお家にたくさん残してこられたそうで、全部はそろっていないのに、それを逆手にとってアイデアで楽しませてくださいました。
例えば湯斗がないので、ふた付きのお茶碗にあらかじめ作っておいたお茶漬けを出してくださる。
それに昆布の佃煮、五色あられが添えられて、ただの湯斗よりはるかに見た目も口もうれしい。

こんなお見事なお手並みを拝見すると、「道具がないから、、、」と、言い訳は通用しないではありませんか。







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主菓子は松原通りの松寿軒さんの「青梅」。
写真は、もう一種類ご用意いただき、お持ち帰りした「紫陽花」。

京都にこられてまだ3ヶ月ほどですのに、もう美味しい和菓子屋さん、お茶屋さん、仕出し屋さん、、、あれこれ発掘、発見されておられて、その感度良好な情報アンテナにもびっくりです。


中立のあとはいよいよ濃茶。

後座のお花は大好きなチンシバイとシモツケ。
花器は、、、遠目に竹籠にみえたのに実はガラス!

この花器には「reverie(レーヴリー:フランス語、もの思い、白昼夢、などの意味)」というすてきな銘をおつけになっていました。
(フランス語情報ありがとう、ぱたぽん様!)

たっぷり水を含んだ釣瓶に、御幣付榊を結界に。
名水点てです。

このたびは梨木神社の染井の名水をご用意いただきました。
お茶をいただく前の名水一服、甘露甘露。

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(山法師)

濃茶のお点前を拝見して、その所作の美しさに感じ入ることがありました。

こうしていろんなアイデアで、足りないところを臨機応変に変えていくには、やはりお点前という基本がしっかり身についていなければ不可能だということ。
守・破・離でいえば、守、しっかりした土台がなければ、破も離もなく、その上になにも建立できない。

まだお点前の手順をおいかけ遵守している「守」の入り口あたりをうろついている私は、お茶事お茶事と言う前に、しっかり日ごろのお稽古をしないといけないなあ。
暁庵様はもう「離」までいってしまっておられるけれど。




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(ヒメヒオウギ)

お茶入れは、名物真中古「河菜草(かわなぐさ)」写し。
河菜草はコウホネとも水苔ともいわれ、まさに水無月茶事にぴったり。

古今集・「うはたまの夢になにかはなくさまむうつヽにたにもあかぬこヽろを」
(清原深養父 )から。

お茶杓の銘が「庵の友」。
まさにこの灑雪庵で同じ時間を共有したことで、「庵の友」となれましたでしょうか。






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薄茶では、こんなお干菓子が![E:lovely](州浜製)
(不肖)正客=私が猫を愛してやまないことをご存じでご用意下さったことに感激です。


なごやかにお薄をいただき、さらにリクエストして甘露な名水を再びたっぷりいただき(なにせ懐石の時の御酒がおいしくて、ぐいぐい飲んだので)茶事はお開きになりました。


思えば、正式の茶室はかえって面白みがないのかもしれません。
ほとんど決まり切った使い方しかできませんから。
むしろお茶室として作られたわけではない家を、工夫をあれこれして、融通無碍に使う、、、亭主も客も楽しめ、佗茶の原点はこんなところにもあるのではないかしら。


遠い先の方をいっておられる暁庵様。
追いつくことは不可能であっても、この日教えていただいたことを胸に精進いたします。
ありがとうございました。

また、つたない正客をサポートしてくださった、御連客の皆様にも感謝いたします。
楽しい一座建立となりました。




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(昨年八坂神社で手に入れ、わが家に地植えした木槿の「祗園守」、つぼみがつきました。まもなく祇園祭です)


posted by しぇる at 21:29| Comment(14) | TrackBack(0) | お茶と着物3 | 更新情報をチェックする
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