2012年06月07日

勧修寺〜氷室池の睡蓮

地下鉄東西線を小野駅でおりると、そこは小野小町で有名な小野一族が住んだあたり。

駅の東には小町ゆかりの随心院もあります。

駅の西に行くと、、、、

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勧修寺。
正式には「かじゅうじ」と読むそうです。

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このあたり、地名も「勧修寺」なんですが、地名になると「かんしゅうじ」と読ませるようです。
(ああ、ややこし)
人に話すとき、「かじゅうじに行った」と聞いて「勧修寺」という文字が頭に浮かぶ人はどれくらいいるのか不安ですわ。

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門跡寺院ですので、寺紋も裏八重菊。

書院周辺の庭園を回っていくと、ぱっと景色がひらけます。

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わ〜!咲いてる!
睡蓮。



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モネのヴィルジニーの庭にも負けませんわ。(行ったことないけど[E:coldsweats01])


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花菖蒲も盛り。
蓮の花はまだですね。


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さまざまな色の花菖蒲。



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半夏生も白くなりかけています。
もうすぐ建仁寺・両足院の半夏生群生も公開されますね。



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のどかなカエルのこえも聞こえますが、姿は見えません。

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この池は氷室の池といって、かつて平安時代には、池に張った氷を1月2日に宮中に献上したそうです。
また、氷の張った厚さでその年の五穀豊凶を占ったとも。





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もともとこの寺は、山科の大領、宮道(みやじ)家の邸宅跡だったそうで、宮道の娘であった列子と名門藤原北家の高藤とのロマンスは今昔物語にも語られておるそうな。

二人の間にできた娘が藤原胤子、のちの宇多天皇女御、醍醐天皇生母。
その胤子追善のため、醍醐天皇が寺院にあらためたのが勧修寺のはじまり。



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右手奥にみえるのは観音堂。


この日は普通の観光客はほとんどいません。
この人達ぜ〜んぶカメラマン(多分9割以上は趣味の素人)。

いや、私のデジイチなんか、はずかしくなるようなすごいカメラばかり。[E:coldsweats02]
聞くともなく話を聞いていると、写真雑誌への投稿云々とか、、、
私なんかとはレベルが違いますわ。

中には小石を投げて、わざわざ絵になるような波紋を作ってらっしゃる方も。
そうか、芸術写真はこうやって撮るのね。



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境内には紫陽花の木もたくさん植わっていましたが、まだまだ色づくのは先のようです。
こちらも盛りのシーズンが楽しみです。



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書院の前はヒノキのような植物がびっしりと匍匐しているので、なんだろうと思いましたが、実はこれ、たった1本の木から出ているんですって!
この木は「這柏槇・ハイビャクシン」。

なんと樹齢750年とか。[E:coldsweats02]



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そのハイビャクシンのむこうにぽっこり頭をだしている灯籠は勧修寺型とよばれるものだそうで、あの水戸黄門様の寄進だそうな。なんとなくユーモラス。
灯籠の後方のハイビャクシンも同じ1本の木の続きなのにはおどろきです。

境内にはウルシの木もあるのですが、「ウルシ・さわるな」と注意をよびかけてくれている親切がなんだかうれしい勧修寺なのでした。


<おまけ>

小野の駅をおりてすぐ、関西人ならみんな知ってる(はず)あのオジカソースの本社が!
こんなとこにあったのね〜!


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posted by しぇる at 20:00| Comment(6) | TrackBack(0) | 京都めぐり2012 | 更新情報をチェックする

2012年06月05日

螢つれづれ

地下鉄の駅にいくのにご愛用の白川沿いの道、昼間はこんな感じです。

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同じ場所に夜行ってみましょう。
むっとした、雨の近そうなこんな夜には、、、、

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え?

真っ暗で何も写っていないって?

よ〜く見てくださいよ。
ぽちっぽちっ、、とかすかな光の点が。

あれは螢なんですよ。

撮影条件を変えましょう。

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光の点でゴミじゃないんですよ。

さらに、、、


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これでどうだ![E:happy02]


昨年は少し時期的におそかったのですが、今年はいまが一番数が多いですかね。
まさに乱舞、、、というくらいいました。

真夜中にふたたびチャリでいってみると、こんな夜中でもご近所さんの穴場になっているのか、ホタル狩りの方の姿がチラホラ。

白川に沿って歩いているだけでも目の前をふ〜わふわ飛ぶ螢。


都会でありながら、清流にのみ生息する螢を楽しめる、、、それが京都なんですね。

ああ、今夜も湿気がおおそうだから、またたくさん群れているかなあ。

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こちらの和菓子も螢です。

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おまけに紫陽花のお菓子も。
今年見た紫陽花の上生の中では最高だと思う。
京和菓子の美の世界をとくとご覧あれ。



<おまけ>
本日の投げ入れ。
ほんまに入れただけ。あまり工夫はありませんが、花の手柄でそれなりに、、、


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ショウマキョウカノコと鉄線。


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キスゲと、、、以下不明[E:coldsweats01]
(あとでよく見ると、キスゲじゃなくて百合かも、、、)
posted by しぇる at 23:32| Comment(16) | TrackBack(0) | くらし | 更新情報をチェックする

2012年06月03日

平安神宮・薪能  2012

平安神宮の薪能、昭和25年からの年中行事だそうです。

今から20年以上も前、以前住んでいたときに一度いったことがあります。
演目は「花筐(はながたみ)」だったのを覚えています。

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なんといっても徒歩で行けるご近所なので、第1日目はダンナが、2日目は私が、いってまいりました。

1日目は先日能と茶の会で、お世話になった能楽師・吉田篤史さんがでていらしたのですが、私は2日目の「二人静」と「碇潜(いかりかずき)」が見たかったので。

しかも碇潜のクライマックス、知盛の霊を演ずるのがこれまた昨年、筒井筒のお話しと仕舞を見せていただいた味方 玄さんだったのです。

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開演直前、ぱらぱらっと降ったのですが、日ごろの行いのせいか[E:coldsweats01]、始まる頃にはあがりました。

平安神宮の広い境内には竹の結界内に作られた能舞台、観世座、金剛座の字の入った提灯がつるされ、いつもと雰囲気がまったくちがいます。


すでに前の方は席が埋まっていたのですが、ここで某大学の伝統芸能ゼミのグループとばったり!という奇跡的な邂逅があり、すでに押さえてあった席にすべりこめたばかりか、おにぎりやらお菓子やらまわってきて[E:coldsweats01]、なんてラッキ〜。

謡の本を見せていただいたり、解説もきいたりで最高の席になりました。[E:happy02]

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このパンフの表紙がその碇潜の知盛さんの幽霊ですの。
かっこええ[E:lovely]

今年は大河「平清盛」の流れでテーマは「源平盛衰記」。

第1演目は金剛流、「安宅〜延年之舞 瀧流」。

歌舞伎で有名な勧進帳のもととなった安宅の関のシーンで、歌舞伎を思わせるようなアクションもあり、かなり動的な演目。
富樫につめよる山伏(実は義経の家来)達との攻防が迫力あってみどころ。

最初富樫が登場するとき、太刀持ちがどこかで見たことがある、、、と思ったら、狂言の茂山逸平さんでした。
しかも義経主従の強力(ごうりき)は茂山千五郎さんだったし。

狂言師ではなくて、「能楽師狂言方」と、先日吉田篤史さんに教えてもらったので、納得。

小鼓が昨年の和菓子の会でお目にかかった新進気鋭の曽和尚靖さん。

ここでいよいよ薪に火が入ります。

第2演目は観世流、「二人静〜立出之一声」。
菜摘女に静御前の霊がとりついて、静の舞の衣裳を着け舞い始めると、どこからともなく同じ衣裳の女があらわれ、寄り添って舞を始める。

このシンクロ舞を見たかったのです。
時に方や舞台の上、方や橋掛かりの上、時に寄り添って、、、
いずれが静御前でいずれが菜摘女か、その境もなくひきこまれる、これぞまさに「幽玄の世界」を垣間見たような気がします。
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意図してかどうかはわかりませんが、この演目は始まりの時はまだ薄日が残り、進むにつれ次第に暗くなっていき、終わりの方ではすっかり夜。
その夕方と夜のあわいにこの幻想的な二人静をもってきたのは、最高の演出だと思いました。

間(あい)の狂言は「柑子」。

狂言大蔵流、茂山良暢、茂山千三郎。
三つの柑子を食べた言い訳に、俊寛の話まで持ち出す太郎冠者のいいわけぶりが見物。
これは俊寛で源平盛衰記つながりだったのね。

狂言の面白みはその間の取り方にあるといってもいいと思う。


最後の演目、これもみたかった観世流、「碇潜〜船出之習」

これに出てくるワキ方が、実は心茶会の後輩で、しかも京大観世会出身の方だったんです。
(どこかで聞いた名前だと思った[E:coldsweats02])

声の通りも良く、評判もきわめて良いと聞きます。
がんばってるなあ。


さて、演目ですが後段に平家の御座舟がでてきます。

中には幼い安徳帝(子方)、二位尼、大納言局、そして清盛の四男坊にして「入道相国(清盛)最愛の息子」、かつ平家の清盛なきあとのリーダー知盛(いずれも亡霊です)登場。

知盛は自害にあたり、鎧を二枚着て、碇を体に巻き付け、それをおもりにし、「見るべき程の事をば見つ。今はただ自害せん」と言い残して入水したとも言われています。
生きたまま浮かび上がって晒し物になる辱めを避けるために。

まずは「波の下にも都のさぶろうぞ」と、二位尼にいだかれて入水する安徳帝のシーン。

ついで知盛は、まずは長刀にて合戦の様子を演じ、そののち大きな碇を持って入水のシーンを舞う。
これがまたアクティブで歌舞伎のように少しケレン味もあって、迫力!

昨年の筒井筒で静かな舞をみせてくれた味方玄さんの、対照的な舞にしびれました。

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終わって振り向けば、空はすっかり晴れて応仁門の上に月。

帰途につく観客に能楽師の方々がずらっとならんでご挨拶。
普段着だったので、はじめはわからず、あ、この子は子方の子だ、と気づいてからわかる。

歌舞伎などではまずみられない風景。
残念ながら能を見る人はそう多くはない、という能楽界の危機感もあるのかもしれない。

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それにしても平安神宮の社殿を背負って、の能は最高の舞台です。
ああ、やみつきになりそう。
posted by しぇる at 23:06| Comment(6) | TrackBack(1) | | 更新情報をチェックする
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