2012年06月15日

映画「道~白磁の人」〜浅川 巧の生涯

こういう映画が日韓共同で、いや日本人の監督のもとで作られる時代になったのだ、と感慨深い。
特に韓国併合下の三・一独立運動の日韓両国人の軋轢の場面。

今の若い人たちは信じられないかもしれないが、私たちがまだ子供の時は「朝鮮人」ということばには、とても微妙なニュアンスがあったのだ。
つい最近まで、朝鮮の民族服はしっていても、どんな家に住み、どんな食事をし、どんな生活を普通の人たちはしているのか、朝鮮(主に韓国)の文化や伝統、それらについてはほとんどしらなかった。
また知る機会もなかったのだ。

思えば韓流ブームにのったおばさんパワーが、そのベルリンの壁のごとき高い垣根を圧倒的な破壊力でぶちこわした、、、ような気がする。
おそるべし!決しておばさん(含む・私)を軽んじてはいけないよ、男性諸君、若者達。

あら、すっかり脱線してしまいましたね[E:coldsweats01]

以前からこのブログで再三取り上げて、高麗美術館学芸員の山本さんの公開記念講演会まで聴きにいった映画がついに公開されました。

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映画公式HP

浅川巧については、是非彼の存在を知ってほしいし、どんな人なのかわからなければこの記事を読んでもわからないと思いますので、参考までに過去記事をあげておきます。

出会い東洋陶磁美術館

今回は映画のおはなし。









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原作は江宮隆之さんの本、「白磁の人」。


映画では、日韓関係に今も暗い影をおとす韓国併合の時代に、林業試験場(京城:ソウル)の林業技師、李青林(イ・チョンリム)と浅川巧の民族の垣根を越えた十数年にわたる友情の物語を縦軸に展開。
青林は原作ではそれほどでてこないし、巧の朝鮮人界での人脈は貴賤をとわずすごく広かったので、ここでは青林が朝鮮人代表、といったところか。
(映画はやはり、物語として完結しないといけないのでね。)

巧と青林は朝鮮の山々を歩き、伐採ですっかり土の露出した山を緑にかえそう、と研究に励む。
朝鮮には朝鮮の木を。

ところが朝鮮五葉松はなかなか発芽してくれない。
苦労の末、巧が発見したのは「露天埋蔵法」という実は単純だが、だれも気づかなかった方法。
二人は木を植える。
朝鮮の山に。
最初に発芽した記念の小さな苗は、青林の長男の誕生記念に青林の家の片隅に。

当時の京城の建物や風俗を垣間見ることができたのは興味深い。

高麗美術館の山本さんは柳宗悦の扱いが小さすぎる、といっておられたが、私はむしろお兄さんの浅川伯教(のりたか)さんの出番が少ないのが残念。
朝鮮の陶磁器の研究においては右に出るもののない人だったのに。

伯教さんの京城のお家には、かの有名な、安宅コレクション(現・東洋陶磁美術館)の目玉、「辰砂蓮華紋壺(参考:↓)」があったぁ〜!



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これも小道具さんの苦労のたまものなのだろうけれど、惜しむらくはぴかぴかすぎ。
そしてどう見ても白磁ではなくて、磁器に見える[E:coldsweats01]


巧を好演したのは吉川 悠さんという俳優さん。

前にも書いたけれど、巧のイメージより、すこし生真面目すぎるかな。
もっとお茶目なところもある人だったのではないかと思うので。

この方、どこかで見た顔、、と思ったら、大河「平清盛」でのちに鹿ヶ谷の陰謀で清盛を裏切りまくる藤原成親をやってらしたのね。
清盛といえば、保元の乱で勝ち組になった悪人ヅラの藤原忠通をやった堀部圭亮さんが、朝鮮人をいじめまくる日本軍人をやってた!

さらにあの柳宗悦を、最近話題になってた塩谷瞬さんがやってたのにはひっくりかえる[E:coldsweats02]

巧の親友であり、義兄でもあった朝田政蔵を亀治郎改め猿之助さんがやっていたのもよかった。

青林を演じたのは韓国の俳優ペ・スビンさん。
祖国独立への思いと、巧への友情に板挟みになる役どころにぴったり。

青林の友人の葬列で、泣き叫ぶ家族を見て、(朝鮮には葬儀のときの泣き女という職業がある)
「朝鮮人は葬式だからって、あんなに泣いてみっともないねえ。」
といった手塚理美演じる浅川兄弟の母親。

後日、若くしてなくなった巧の葬列に母は無表情で連なっていたが、ふと列をはなれ物陰で号泣する。
印象深いシーン。

巧は今も韓国の土に眠る。
墓碑「韓国の山と民芸を愛し、韓国人の心の中に 生きた日本人、ここ韓国の土となる」。

映画は最後に、二人で植えた記念すべき最初の発芽苗が大きな朝鮮五葉松となり、現代的なビルのたちならぶソウルの町にすっくと立つ姿をうつしだす。

この映画制作のプロジェクトは、浅川兄弟のふるさと、山梨県北巨摩郡(現・北杜市)の有志を中心にたちあげられたそうで、途中なんども中断しかけたとか。
有志のあつき思いで、完成されたことに拍手を。



エンドロールにもご注目を。
浅川兄弟、柳宗悦らの白磁のコレクション、有名なのがいくつも写真ででています!
(青花草花文面取壺:柳と伯教を結びつけ、民藝運動への目を開かせた一品など)

(参考)













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ふと、映画のコピー、「明日、世界が滅びるとしても、今日、彼らは木を植える。」の意味が解釈できたような気がする。

文字通り、彼らは朝鮮の山々を緑にするために木を植えた。
けれど、このコピーはこのセリフのことを意味していたのではないかと思う。

「日本人と朝鮮人が理解し合えるなんて、見果てぬ夢だろうか。」(巧)
「夢であったとしても、それに向かって行動することに意味があるのではないですか。」(青林)


posted by しぇる at 23:17| Comment(16) | TrackBack(0) | 映画 | 更新情報をチェックする

2012年06月12日

水無月の茶事〜灑雪庵

以前から、ブログを拝見し、勝手に憧れていたお茶人さんがおられます。

お茶事を心から愛され、お道具も室礼も、お茶事のテーマさえ自由自在に楽しんでおられるご様子が、とてもステキで、かくありたきものだなあ、、、と。

その暁庵様が関東から京都へお茶をされるために引っ越してこられる、と知ったときには、もしかしてお目もじできるチャンスが〜〜っ!、、と舞い上がりました。

そして、なんと、なんと、ご縁あってお茶事にお招きいただく機会を得ましたの。[E:happy02]

御連客あわせて4名の水無月茶事、ご招待は巻紙にて水茎のあともうるわしく。
(これに筆でお返事を書くのがどんなにプレッシャーだったか、、、←かなりおはずかしい悪筆なもので[E:coldsweats01])



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1年ぶりに登場した雪佳さんの金魚の帯絞めていざ。

暁庵様の京都のお宅は雰囲気のある古い町家です。
こちらに「灑雪庵(さいせつあん)」と名付けられました。

ふり灑ぐ(そそぐ)雪、という意味で、金沢にある金沢最古の茶室・灑雪亭から思いつかれたとか。
「古い町家なので、冬には寒く、雪もふきこんできそうですが、それも愛でて暮らしたい」という暁庵様の思いがこもったお名前。
オリジナルの漆喰壁の時代を経たくすみ加減、三和土、建具、いずれをとっても町家愛好家としては涙が出るほどうれしい、理想的なお茶事の舞台です。
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(ユキノシタ)

玄関庭の三和土を利用した腰掛け待合いの漆喰壁に、書家の方が書かれたアートな「灑雪庵」の額があまりにも見事にとけあっているので、もうここはこじめから灑雪庵であった、、、とそう思えるくらいです。


玄関の間の三畳がお待合。
待合掛けが、ご友人の手になる布絵。
布で描いた「慈雨」と育ち始めた稲の苗。
水無月茶事のはじまりです。


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(オオムラサキツユクサ)


本席は変則的蹴込み床のある四畳半、お軸は大徳寺・藤田 寛道師の「洗心」。

茶室に入るときに、蹲居で手を浄めるが如く、心も浄める。
かくありたいもの、と解釈いたしました。


次にお釜に目が行きました。
責紐釜(せめひもがま:釜の口のすぐよこに鐶付がある)がかかっていましたが、この鐶付に水引がかけてあり、蓋を封印してあるのです。
話にきいたことはありますが、拝見するのは初めて。

責紐釜は、かつて貴人にお茶をさしあげるときに、両脇の鐶付に紐を通して蓋を押さえ、口に封印をするのにもちいた、とあります。
どうやら名水をご用意いただいたようで、そのための封印のようです。
わくわく[E:heart01]





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(クチナシ)

ご挨拶のあと、お心づくしの懐石をいただく。

ホタテのしんじょう(蒸し物)がおいしくて。

やはりお茶事をしようと思うと、お料理の方もやっぱりね〜、、、[E:coldsweats01]勉強しなくちゃ。
(私は、懐石はいままで仕出しばかりで自分で作ったことないのです。)

この茶事はお亭主お一人の力ですべてこなされているのです。
そこはやはりお茶事の手練れ、キャリアがちがいます。

献立も、懐石道具の使い方も、融通無碍、とりたてて無理しなくても、こんな風にできるんだ、ということをたくさん教えていただいたような気がします。

お道具は関東のお家にたくさん残してこられたそうで、全部はそろっていないのに、それを逆手にとってアイデアで楽しませてくださいました。
例えば湯斗がないので、ふた付きのお茶碗にあらかじめ作っておいたお茶漬けを出してくださる。
それに昆布の佃煮、五色あられが添えられて、ただの湯斗よりはるかに見た目も口もうれしい。

こんなお見事なお手並みを拝見すると、「道具がないから、、、」と、言い訳は通用しないではありませんか。







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主菓子は松原通りの松寿軒さんの「青梅」。
写真は、もう一種類ご用意いただき、お持ち帰りした「紫陽花」。

京都にこられてまだ3ヶ月ほどですのに、もう美味しい和菓子屋さん、お茶屋さん、仕出し屋さん、、、あれこれ発掘、発見されておられて、その感度良好な情報アンテナにもびっくりです。


中立のあとはいよいよ濃茶。

後座のお花は大好きなチンシバイとシモツケ。
花器は、、、遠目に竹籠にみえたのに実はガラス!

この花器には「reverie(レーヴリー:フランス語、もの思い、白昼夢、などの意味)」というすてきな銘をおつけになっていました。
(フランス語情報ありがとう、ぱたぽん様!)

たっぷり水を含んだ釣瓶に、御幣付榊を結界に。
名水点てです。

このたびは梨木神社の染井の名水をご用意いただきました。
お茶をいただく前の名水一服、甘露甘露。

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(山法師)

濃茶のお点前を拝見して、その所作の美しさに感じ入ることがありました。

こうしていろんなアイデアで、足りないところを臨機応変に変えていくには、やはりお点前という基本がしっかり身についていなければ不可能だということ。
守・破・離でいえば、守、しっかりした土台がなければ、破も離もなく、その上になにも建立できない。

まだお点前の手順をおいかけ遵守している「守」の入り口あたりをうろついている私は、お茶事お茶事と言う前に、しっかり日ごろのお稽古をしないといけないなあ。
暁庵様はもう「離」までいってしまっておられるけれど。




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(ヒメヒオウギ)

お茶入れは、名物真中古「河菜草(かわなぐさ)」写し。
河菜草はコウホネとも水苔ともいわれ、まさに水無月茶事にぴったり。

古今集・「うはたまの夢になにかはなくさまむうつヽにたにもあかぬこヽろを」
(清原深養父 )から。

お茶杓の銘が「庵の友」。
まさにこの灑雪庵で同じ時間を共有したことで、「庵の友」となれましたでしょうか。






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薄茶では、こんなお干菓子が![E:lovely](州浜製)
(不肖)正客=私が猫を愛してやまないことをご存じでご用意下さったことに感激です。


なごやかにお薄をいただき、さらにリクエストして甘露な名水を再びたっぷりいただき(なにせ懐石の時の御酒がおいしくて、ぐいぐい飲んだので)茶事はお開きになりました。


思えば、正式の茶室はかえって面白みがないのかもしれません。
ほとんど決まり切った使い方しかできませんから。
むしろお茶室として作られたわけではない家を、工夫をあれこれして、融通無碍に使う、、、亭主も客も楽しめ、佗茶の原点はこんなところにもあるのではないかしら。


遠い先の方をいっておられる暁庵様。
追いつくことは不可能であっても、この日教えていただいたことを胸に精進いたします。
ありがとうございました。

また、つたない正客をサポートしてくださった、御連客の皆様にも感謝いたします。
楽しい一座建立となりました。




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(昨年八坂神社で手に入れ、わが家に地植えした木槿の「祗園守」、つぼみがつきました。まもなく祇園祭です)
posted by しぇる at 21:29| Comment(14) | TrackBack(0) | お茶と着物3 | 更新情報をチェックする

2012年06月09日

七十二候〜腐草為蛍のころ

七十二候では6月11日からの数日は、腐草為蛍(腐草螢と為る)。

腐った草が螢になる?
気持ち的には、腐った草のあたりから螢が生まれるってことでわからなくもないが、、、
まあ、中国版オリジナル七十二候には「雉が海に入って大蛤に」なったり、「熊鼠が鶉に」なったりするしなあ。

それはさておき、今年も柵内まで入らせてくれる太っ腹な、野村碧雲荘さん。

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時期がよかったのか、今年は昨年よりもっともっと美しい!

野村さんありがとう。
(碧雲荘も公開してくれたらもっとありがたいんだけど)

この勢いで、平安神宮の神苑の花菖蒲も見に行こう!
(えっと、、、、これはお花のブログだったっけ???[E:coldsweats01])


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こちらは花菖蒲と睡蓮が同時に楽しめます。

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ペーパークラフトみたいな睡蓮の花。

、、、泥より出でて、泥に染まらず、、、、

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どこかのアホな気の毒な修学旅行生が、池にはまるのを目撃!
腰の上までつかってた。
けっこう深いのね。




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この池では河骨(コウホネ)の花もらることができます。


朝、花菖蒲を堪能し、その足で四条へお買いもんへ。

例えば、、、

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唐長の名刺。
一昨年つくった唐長さんの名刺はペパーミントグリーンに瓢箪の雲母刷り。

そろそろなくなりかけて、あせっていたのだけれど、なかなか好みのものが発売されていなくて、、、
やっと好みの色(うすいブルーに同じ瓢箪柄)が出ました。やった。
また十分屋さんへ、活版印刷お願いしに行かなくちゃ。


さて、お腹がすいたので四条あたりでランチを。

このあたりのランチカフェはたいていランチは2時終了のことが多いのですが、時間制限のない「おうちごはん」を食べられるここは貴重です。




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グリグラカフェ


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そう、あの絵本の野ネズミの「ぐりとぐら」からとった名前のカフェ。
右手の棚の上に「ぐりとぐらのおきゃくさま」の絵本がおいてあります。

子どもたちが小さいときよく読んでやった絵本で、懐かしいわ。

できればメニューに「ぐりとぐらのぱんけーき(かすてら)」があればいいのに。(←わかる人にはわかる)



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こちらが「きょうのおうちごはん」。
とてもヘルシーでおいしかった[E:happy02]


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日にち変わって、久しぶりの灰型教室。

こちらは先生の芸術的ともいえる二文字押し切りのエッジ。
こんなにぴしっと決まるまで、あと10年くらいは修行しないとだめだろうなあ、、(えっと、その時は一体いくつになっているのやら[E:shock])

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ちょっとのブランクで、すっかり感覚が鈍ってる、、、(まあ、もともとそんなにうまいわけでもないけどね)[E:coldsweats01]
でも、1週間後に茶会の灰型つくらないといけないのに、、、、(汗)







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灰型の練習のあと、今年お初の水無月は、手作りのものをいただきました。




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夜は梅ジュースを仕込む。
今年はたった1個しか大きくならなかった(カイガラムシにやられた!)わが家の梅+購入した南高梅で。

完成まで2週間くらいかなあ。

、、、、そんな腐草為螢の候の日々。
posted by しぇる at 23:56| Comment(14) | TrackBack(0) | お茶と着物3 | 更新情報をチェックする
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