2012年05月07日

山笑フ〜蹴上浄水場のツツジ

緑麗しい、まさに風薫る5月。

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疏水のインクラインもすっかり緑です。

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明治の建物、蹴上発電所の煉瓦の建物にも緑はよく似合います。


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5月5日から、蹴上浄水場のツツジ山一般公開が始まりました。
無料です。太っ腹!

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このツツジ山はかつて京阪電車の浜大津線が地上を走っていたときに、車窓からよく眺めたものでした。
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ツツジは群生している姿をめでるけれど、一つ一つの花も、どうしてどうして、美しいではありませんか。


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この浄水場は日本最初の急速ろ過式浄水場として明治45年に建てられたもの。
水源はもちろん、琵琶湖です。

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華頂山の麓にたっているので、ちょっとした登山ハイキングみたいです。
山を越えれば知恩院のはず。

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手元の時計によると、標高180m。
南禅寺のでっかい山門がみえますね。
登るの、けっこうしんどかった、、、、



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お、ねじりまんぽも見えますね。


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ツツジはオオムラサキツツジが多いのですが、これはサツキかな。


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おや、蜂と目があっちゃいました。


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めずらしいキイロレンゲツツジも咲いています。



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名物、ツツジのトンネル!



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驟雨が上がったあとはより美しく。

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これぞほんとの

  山笑フ


  春山淡冶にして笑うが如く   (郭熙)




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明治45年の創業以来の建物。
しかもまだ現役!


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さて、クイズです。
この浄水場のゆるキャラは何を表しているのでしょう。

最初見た時は赤塚不二夫のウナギイヌ?と思いました。

ヒントは、、、、後ろをむくと下の方に黄色いぽんぽんがついています。



(答え)ホタル、、、、だそうです。[E:coldsweats01](見えねえ、、、)

    確かに澄んだ水にしか、ホタルは生息できませんものね。
    ちなみに名前は澄都(すみと)くんとひかりちゃん、、、だそうです。


posted by しぇる at 20:00| Comment(4) | TrackBack(0) | 京都めぐり2012 | 更新情報をチェックする

2012年05月06日

王朝文化の華〜陽明文庫名宝展

京都国立博物館にて、開催中の陽明文庫名宝展です。

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このポスターの豪華絢爛さを期待していきましたが、ななな〜んと、展示の7〜8割くらいが古文書でありました。

その方面の研究者に資料閲覧の便をはかっているだけあって、そういう方々にはおもしろくてたまらん、、だろうと思います。
しかしその方面のしろうとにはね〜、、、[E:catface]と思っていたのですがすごくたくさんの方々が熱心にごらんになっていました。

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陽明文庫は、ご周知の通り、近衛文麿が戦前に宇多野に創立したもので、近衛家伝来の古文書、典籍、記録、日記、書状、古美術品などおびただしい史料を保管している施設です。

その近衛家といえば、藤原摂関家の長、(つい、いつもこの話になるが)大河ドラマですっかり悪役ぶりが板に付いた山本耕史さん扮する藤原頼長と仲のわるい兄、保元の乱勝ち組の藤原忠通の長男、基実を初代とする名家中の名家。(ああ、冗漫な説明、、、)

禁中の近衛府が陽明門の近くにあったことから陽明文庫と名付けたようです。

なかでもスター級のお宝といえばやはり忠通の5代前、藤原道長の日記、国宝「御堂関白記」。
自筆本十四巻、古写本十二巻、うち自筆本が全巻見られるのはすごいです。(前期後期通じれば)

特に紫式部日記などでおなじみの中宮彰子の出産のあたりの記録は興味深く見る。

中宮彰子に陣痛が来て、無事生まれるよう僧侶や陰陽師に祈祷をさせた云々。
素直に我が娘の出産の無事を祈る気持ちはあったでしょうが、それだけでなく、この出産には道長一門の命運がかかっていたわけで、そういうことを考えながらその筆の呼吸をみるのはわくわくします。


その他、御宸翰だらけの「大手鑑」。
江戸時代中期の21代近衞 家熈(予楽院)が蒐集した古今の名筆を貼り交ぜたもの。(国宝)

美しいなあと思ったのは、和漢朗詠集をとりどりの料紙に書いた「倭漢抄」。(国宝)
特に仮名の美しさはたとえ読めない私でもわかります。
文字までも美術品にしてしまう文化って日本の他にあるのでしょうか。


そしてお茶を嗜む物としてこれだけは!と思っていたのが予楽院遺愛の茶杓箪笥。
天皇御自作のものから、利休、紹鷗、光悦、織部、宗旦、金森宗和、細川幽斎・三斎、、、、作の31の茶杓がおさめられている小箪笥。
1本でも垂涎なのに、こんなに、こんなに、、、
予楽院さんは茶人としてもすごい人だったようです。

それから香道の道具(蒔絵がふんだんにほどこされたもの)がとてもすてきなのでお見逃しなく。







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博物館のお庭ではツツジが見頃を迎えています。

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さて、あまりの仮名の美しさに、少しでも読めるようになりたい、意味を解せるようになりたいと、(まあ、前々から思いつつなにもしてこなかったんですがね)、ちょうどみやこメッセでゴールデンウィーク恒例の古本市をやっていたこともあり、こんな本をゲット。
まあ、どこまで活用できるかは疑問ですけれど[E:coldsweats01]
posted by しぇる at 00:04| Comment(12) | TrackBack(0) | 美術館 | 更新情報をチェックする

2012年05月02日

日本伝統文化を伝えていくこと〜滌源居にて

(えらく大仰なタイトルをぶちあげましたが、私はたいしたこと書いていません。アシカラズ。でも今日ご紹介するお二方の情熱はホンモノです。)

先日、私の現在興味があることど真ん中、ストレートの催しがありました。
茶道の他流(私はお裏さんなので)と能楽。

これがとびつかいでおられようか。

しかも、、、

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「おっとこ前茶会」!
講師はいずれも「男前」なのね。(ほんとうにお二人とも男前だったの[E:lovely])
これで心はわしづかみ[E:coldsweats01]


開催場所はなんと!
茶道速水流のお家元邸・滌源居(てきげんきょ)。
めったに入れる場所ぢゃありません。



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速水流は初代が速水宗達、裏千家八代・一燈の弟子であった方ですが、その一燈をして「おそろしいやっちゃ。」とうならせたほどの茶人であったようです。

もともとは御典医をつとめた医師であり、光格天皇の弟・聖護院宮の茶道指南をつとめたことからお公家さんとの関係が深く、御所風、公家風の茶の湯を確立していったそうです。

私の郷里、備前岡山もお茶の盛んな土地柄なんですが、備前池田藩の茶道指南をしていたのがこの速水宗達さんだったんですね。知らなかった。




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お集まりの皆様もきちんと色無地等、お茶の正装で。

それにしてもすばらしいお庭。
速水家は洛中を転々とされたそうですが、この滌源居は戦後に建てられたものとか。


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西園寺邸から移築した腰掛け待合いを使い、めずらしい立ち蹲居を使わせてもらって、八畳の広間に席入りします。

お茶の講師は速水流若宗匠。
なんと娘と同い年。

う〜ん、、、私がお茶を始めたのは、この若宗匠が生まれる前からだったんだがな〜。
背負っている物が全然違うとはいえ感慨ぶかい。

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お茶の歴史、速水家の歴史などお話しを聞いたあとでお薄一服いただきます。
若宗匠が点てたお茶をいただけるなんて、組織が大きくなりすぎたお裏さんでは考えられないこと。
感激でした。

お点前は裏千家にほんとうに近いのですが、微妙にちがうところもあり、興味津々。

お正客が陶芸家で、速水家にもたくさん納品されている浅見五郎助先生。
主茶碗の高麗三島の話や速水家に伝わる歴史あるお道具のはなしなど、たくさんお話し下さって、とても興味深く勉強になります。



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これが速水流の特徴の一つ、二色の帛紗。
十二単の襲の色を参考したもので、たくさんのコンビネーションがあるようです。
これは緑と黄色で「橘襲(だったかな、、、)」。

このあたりも公家風、でしょう。

お若いですがたがわず「おっとこ前」の若宗匠、茶の湯への思いを熱く語ってくれました。

後半はお能。

大広間には能楽の衣装が飾ってあります。






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能の衣裳は唐織りといって、刺繍のように色糸を浮かせるような織物が多く、この衣裳も唐織り。

なのでお能と聞いて、私は唐織りの帯を締めて参りましたのよ、おほほ。

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お能の方の「おっとこ前」の講師の先生は、これまたほんまにおっとこ前の観世流シテ方能楽師・吉田篤史さん。
一般に敷居の高すぎる感のある能楽をもっと多くの、とくに若い世代にもってもらおうと、いろいろな活動をされておられます。


最近、お茶をやっていて、道具の銘や意匠に能楽をしらなければわからないようなものが多々あることに気づいています。
例えば西洋文学を理解するには聖書の知識が必要なように、能楽の知識もなければ日本伝統文化への理解が浅くなるような気がして、能楽も見ないとなあ、、、と思いつつ、、、あれみてると時々意識がなくなるのよね[E:coldsweats01]


まずは息子さんの坊やが袴をつけて仕舞を一曲。
こんな小さな子供なのに、きめるべきところは決めて、大拍手。
きちんと教育、しつけをすれば小さい子でもこうなる、という見本を見せていただきました。

能楽師は基本世襲なので、将来このあどけない坊やもりっぱな能楽師として活躍するのでしょうねえ。






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次は参加者の中から数人選んで、仕舞の一続きの動作を実習。

今回は平家ものの「経正(だったと思う)」。


西海の果てに沈んだ平経正(清盛の弟、平経盛の長男、敦盛の兄)の亡霊が、剣に見立てた扇をしゅぱっと抜いたりする殺陣のような所作。
以前見た「筒井筒」のような感情を抑えた所作は、ちょっと意識がとんで〜、、、、[E:coldsweats01]、ですが、こういうのはかっこよいので、私のような素人にも受けますわ。






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さらに参加者全員で「経正」の謡のひとくさりをご指導をうけながらうたう。
聞くだけでなく、自分で発声することで謡のリズムがより身近に感じられるようになり、これはのちに帰宅後もちょっと独唱してみる。



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さらに経正の能衣裳を着付けていく課程をすべて見せていただきました。

着付けながら、平家ものと源氏ものの衣裳、意匠の違いも教えていただきこれは勉強になりました。
今年は大河が平清盛だけあって、平安神宮薪能もそれに関連した演目が多いので、見るときの参考になります。



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平家:公達なので貴族的な優美な意匠の衣裳で、面も白いもの。烏帽子は向かって左へ折れる。扇は海に没する日輪(負け組だし)
源氏:武士にふさわしく勇壮な意匠。面は日焼けしたような色。烏帽子は右へ、



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面もつけるとよみがえる経正公の亡霊。
舞いも迫力あった〜!



最後に吉田さんの熱い思いを。

能楽は第1回目の世界無形文化遺産に選ばれ、その後2回目で浄瑠璃文楽、3回目に歌舞伎、、、、と立て続けに文化遺産を輩出しており、そんな国は日本をおいて他にない。

なのに、日本に暮らす日本人ほどそういう伝統文化に無関心になってしまっている。
長い歴史を持つこのような文化を次世代に伝え継ぐためにも、ひとりでも多くの人たちの伝統文化への入り口になるような試みは続けていきたい、と。


入り口はなんでもよいのだと思います。
私のようにお茶であったり、華道、香道、和楽、、、着付けでもいい。
ひとたびそこに入り込んだら、他の日本伝統文化はずるずると芋づる式についてくるのですから。

たとえば、扇の要一つ作る職人がいなくなったら扇は作れず、扇がなければ能も、舞いもなりたたない。
反物の染めの課程のどこが廃業になっても着物は作れない。
着物がなければ、、、、なりたたない伝統芸能はたくさんありますよね。

この会にご参加の皆様はお若い方が多くて(私は平均年齢をぐっとひきあげてましたが)、そういう方達が茶道や能楽に多少でも興味をもって集まった、ということはとても頼もしく思えました。

ご参加のおひとりに、小学生の子供さんを、子供向けの文楽講座や能楽講座に参加させている、というお母さんがおられました。
その子が大人になって、たとえその道に入ることはなかったとしても、日本文化に親しみや誇りをずっと持ち続けているだろうなあ、と思うとすばらしいことだと思います。

私は子供には失敗しました。(なにせ仕事がいそがしすぎた、、、と言い訳)
なので、(まだみぬ)孫にはこんどこそ!とかたく誓いましたわ。

それより前に、近所にありながらなんとなく足がむかなかった観世会館定期公演、見に行かなくちゃ。


最後に、このような機会を与えて下さった方々に深く感謝いたします。
posted by しぇる at 22:08| Comment(14) | TrackBack(0) | お茶と着物3 | 更新情報をチェックする
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