2012年03月21日

弘道館月釜〜五種の菓子の茶

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弘道館の月釜も今年度はこれでお仕舞いです。(あ、もちろん来年度も速攻申し込みましたが、、、[E:coldsweats01])




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毎回見ていたはずなのに、今回初めて気づいた!
玄関庭の灯籠は菊桐紋様だったんだ。
しかもきれいに苔むして[E:lovely]


さて、3月の月釜は「五種の菓子の茶」。

今でこそ茶会のお菓子はおいしく上品な上生菓子がいただけるわけですが、それも砂糖がふんだんに使えるようになった江戸中期以降のこと。

利休さんの時代にはお菓子は手作りの素朴な物で、柿や栗、麩の焼きなどであったことはご周知のとおり。

会記としては一番古い歴史のある松屋会記に記された菓子は、、、

柿、焼き栗、銀杏、金柑、棗、茅の実、クワイ、小芋、山芋、蓮の実、昆布、海苔、麩、椎茸、、、



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ところでお菓子の数は四ヵ伝で三種、行のお点前では五種、真では七種ですよね。

お稽古で五種や七種でるともう、口の中が甘甘で、はやくお茶もってこい!って気持ちになるのですが、実はその一つ一つの大きさに問題があったわけで、、、。


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これは今回のテーマ、大徳寺縁高に盛られた五種の菓子。
伝統的な五種盛だそうです。

一つ一つが小さくて、しかも甘い物ばかりでなく蒟蒻、椎茸がはいっているのです。
これなら五種でも楽勝。
そうか、そうだったのか。
これが本来の五種盛だったのね。





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薯蕷は五種の中に必ず入れる物だそうです。
お隣は金柑の甘煮。



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もう一つ、入れる約束が羊羹だそうで、これは小豆、柚子、肉桂の3色羊羹です。



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甘辛く炊いた蒟蒻と椎茸。
意外とこれがお茶に合うのです。
目からウロコ。


かつて武士=肉体労働者だったので、塩分のあるものが必要だったのではないか、という説もあるらしいです。(真偽のほどはしりませんが)


老松の太田さんは午前中大阪の方へお仕事だったようで、いつもの語りが聞けず残念でしたが、今回のお点前は太田さんをして「私を抜いた!」と言わしめた、天才肌の職人、老松の副社長さんでした。


床は幕末の頃の絵で、たくさんの猩々が浜辺で花見しながら宴会をしている様子を描いた物。
そうでなくても赤い髪、そうでなくてもお酒好き、、、の猩々の酒盛りって考えただけでも賑やかで楽しそう〜。

もう一つの床には芥川龍之介の「乳垂るる 妻となりつも 草の餅」。
う〜、、、、私も垂れとるが、、、、(あ、想像しないでね)


主茶碗が蓮月焼きだったのですが、茶碗に釘彫りされた蓮月の歌が、実は私が持っている蓮月の茶碗と同じだった!

「ひがしやま 春まつころの あさぼらけ かすみにひびく 鐘の音かな」

蓮月さんはひところ岡崎村に住んで、たくさんの蓮月焼き茶碗を作陶したとのこと。
わが家のある岡崎にちなんで購入したのです。

しかし、実は蓮月焼きほど偽物が多い茶碗はないといいます。
実際、自分の茶碗が本物かどうか全然わかりません。

でも、蓮月さんは有名になるにつれて、偽物でもそれが売れて作った人の日々の暮らしのたしになるならそれでよい、と思ったばかりか、偽物に直筆の釘彫りで歌をかいたりしたといいますから、こうなるとどこまでが本物で、どこまでが偽物やら。




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弘道館では旧暦のお雛様。
今回もたくさん勉強して帰りました。

あ、帰りにも一つ寄ったところ。

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弘道館月釜のあと恒例となりつつある、虎屋菓寮一条店。
いつも甘いお菓子ではなくて(これは弘道館で堪能してますし)、これ。
お赤飯セットどす。
むしやしないに調度よいのです。


posted by しぇる at 23:13| Comment(2) | TrackBack(0) | お茶と着物3 | 更新情報をチェックする
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