2012年02月23日

弘道館月釜〜梅花茶会

今月の弘道館の月釜は「梅花茶会」。

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例の如く御所の駐車場に車をつっこめば、この日はまだ消え残りの雪があちこち残る、風情のある一日でした。

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弘道館の露地もこのように。

風情はあるのですが、積雪は苔にはどうなんでしょう。
いためそうです。

実はこの大雪が降った夜の、その日の朝のこと。
わが家の露地の苔がダメになった部分を庭師さんが張り替えてくれたところだったのです。
ちょっと心配[E:bearing]

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さて、この日の梅花茶会は天神さんにちなむ趣向でありました。

待合には菅原道真の肖像画。

本席では天神さんが臥牛にまたがっている絵と、淡々斎の「誰云春色従東到」+梅の絵。

天神信仰と牛は切っても切れないようで、北野天満宮にもたくさんの臥牛像がありますが、なぜ牛なのか今ひとつ根拠がはっきりしないようです。(天神さんは丑年だったとか、太宰府に流されるとき牛が泣いて見送ったとか、いろいろ)

誰が云う春色東より到るとは、、、は和漢朗詠集。道真の孫、菅原文時の漢詩。
露暖かにして南枝花始めて開く、、と続きます。

天神さんの飛び梅は確かに東から太宰府に飛んできたのでしたよね。



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古来、日本人は梅を愛すること深く、万葉集のなかで歌われた花は1位の萩についで2位とか。

またかつて禁裏の左近の花は桜ではなく梅だったそうです。
桜に地位をうばわれたとは言え、それでも百花の魁、梅は格別な思いで愛される花であることにかわりはありません。

さて、この日の席の一番の花!といえばこの方。




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天神さんにもゆかりの深い上七軒の芸妓さんの尚鈴さん。

この方が花ゆえ、この席には花をいけられなかったとか。
ほんにほんに、あでやかな、、、、

つい最近淡交社の出した雑誌、京の茶の湯の表紙をかざり、文中にもでてきはった芸妓さんなんです。

まもなく北野天満宮でおこなわれる梅花祭(25日)に呈茶をされるのが上七軒の舞妓さん、芸妓さん。
だから彼女たちはひととおりのお点前はできるのですが、ひとりで茶事をひらけるくらいの力量のある芸妓さんはこの尚鈴さんだけだそうです。


しかもワインソムリエの資格もお持ちで、フィギュアスケートも、、、となんと多彩な方なんでしょう。

芸妓さんのおひきずり(おはしょりをせず着物の裾をひきずる)の衣裳で流麗なお点前をされました。
あの裾捌き、お見事!
われわれでは、普通の着物の時ですら、あれをたおしたり、これをけとばしたり、、、、しがちですのにねえ[E:coldsweats01]
鍛錬の仕方がちがいますわ。


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尚鈴さんをイメージしたきんとん。
中の餡が若草色。
もちろん老松・製。

白塗りに唇にさした紅のいろ、、、でしょうか。

一席終わったあと、彼女をかこんでしばし歓談。
芸妓としてのお稽古事や、お座敷や色々忙しいでしょうに、たくさんのことに興味を持って、勉強しようとする姿勢がすてきです。
梅花祭は仕事の日ゆえ、いけませんが、春の上七軒・北野おどり、尚鈴さん見にいかなくちゃ!



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煙草盆。
レオナルド・フジタの絵をモチーフに、刻み煙草ならぬフランス煙草、ゴロワースの遊び心。


他に茶杓が太宰府の飛び梅から作られたもの。
主茶碗、又妙斎手づくねの楽茶碗「飛梅」。
風炉先、北野天満宮古材。
棗、螺鈿張りで蓋裏に上七軒のシンボル、五つ団子の提灯の蒔絵。

上七軒は京の花街では実は歴史が一番古いそうで、団子マークを使えるのはここと祗園だけだそうです。



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これはなんの箱なのかわからないのですが、上七軒の芸妓さんの組合が買った物のようで、数茶碗かもしれません。
たくさん梅にちなんだお茶碗がでてきましたもの。

ちなみに私のは(多分)長楽さんの梅柄の赤楽でした。


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今回も楽しませてもらったあと、帰り道にふと見た中立売御門の向こうの雪大文字。
ほんまに京都はええとこや〜。[E:happy02]


posted by しぇる at 00:39| Comment(8) | TrackBack(0) | お茶と着物3 | 更新情報をチェックする

2012年02月20日

柳 宗悦展ー暮らしへの眼差しー〜大阪歴史博物館

京都は大雪なのに、大阪はからっと晴れているのはナゼ?[E:coldsweats02]


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こちら、谷六(谷町筋六丁目)にある大阪歴史博物館
(大阪はこういう大きな箱物が好き、、、)


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この地球がめりこんだようなガラスの建物は隣接するNHK大阪への連絡路なんですよ。

難波宮史跡公園のとなりに建てられ、地下にはこの遺跡をみることができます。

なには(難波?)ともあれ、本日の目的はこちら。

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民藝の創始者であり、哲学者、思想家、宗教者、、、多彩な顔を持つ、柳宗悦。

名もなき職人たちの手による、日常生活の品々、その中に宿る「健康的な美」。
それを日本全国(朝鮮、イギリスと海もこえていますが)津々浦々から、彼が蒐集したコレクション=日本民芸館所蔵の展示です。

昨年は柳没後50年、日本民芸館開館75周年だったのですねえ。

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柳の業績に興味を持ったのは3年前、大阪日本民藝館をなにげなく訪れたときからです。
著書「茶と美」を読み、その茶への考え方にいたく感銘をうけまして、久松真一先生の著書とならぶ、私の茶の指南書となりました。
(当時の家元制度を激しく攻撃したことから、家元周辺の方々からはいろいろと評判はよくないようですが[E:coldsweats01])


そしてその次に柳とまたであったのが浅川兄弟を知ったときでした。

当時朝鮮に住んでいた、名もない若い浅川伯教(兄)が李朝の白磁を土産に携えて、柳のもとを訪れたことから実は民藝は始まった、といってもいいのです。
(弟の浅川巧の生き方には感銘深い物があり、機会があれば是非彼らのことを知って下さい)


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このポスターの右下にある写真がその時の李朝白磁「染付秋草面取壺」です。

のちに浅川兄弟らと柳は京城(ソウル)に「朝鮮民族美術館」を開館させるのですが、開館に当たって朝鮮の同和政策をおしすすめていた朝鮮総督府(日本のお役所ね)から再三「民族」の名を消すように命じられましたが、妥協しなかったそうです。





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彼の蒐集は陶磁器にとどまらず、漆工、金工、布、和紙、人形、民画、、、など多岐にわたり、しかもそののめり込み方がすごい。木喰仏を再発見したのも彼だし。


さらにバーナードリーチ、富本憲吉、河井寛次郎、黒田辰秋、濱田庄司、芹沢鮭介など綺羅星のごとき民藝人脈。

72年間の人生で、これらすべて彼一人の「美」のゆるがぬ指針で成された仕事なんだと思うと驚嘆を禁じ得ません。



「イマ見ヨ イツ見ルモ」
「ミテ知リソ シリテナミソ」

作品を前にするとき、どうしても見る前に解説を読んでしまう私。
そういう知識が邪魔になって、本当の美と対峙することができない、、と戒めているのですね。
彼ほどの審美眼はありませんので、ついつい解説に頼ってしまう。
イケナイ、これでは。


「茶事に心を入れる人はとかく茶事に囚われの身となる。そんな不自由は茶にはないはずである」

これはまたむつかしい命題なんです。
自由をとれば、とがめる人あり。また自由は放縦であることとはちがうので、なんでも自由にやればよい、というものでなく。




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(NHK大阪側から)

今回、よき巡り合わせが実はありました。
以前から気になっていた古丹波の茶入があったのです。
その仕覆が「丹波布」で、しぶ〜い黄色。
これはなんだろう、、、と心惹かれつつもそのままにしておいたのですが。

今回の展示の中で見つけたのです。
丹波布!

これも京阪の丁稚さんの布団布としてよく用いられたという名物裂でもなんでもないのですが、これを京都の弘法市で発見し、気に入って片っ端から買い集めたとか。

横糸に木綿、縦糸に何筋かに一筋、絹のくず糸をからませた兵庫県氷上郡の手織物、柳は「もしこの布が早く知れ渡っていたら茶人などは好んで袋物や仕覆に用いたであろう。」と。

これを知ったからにはやはりどうしても、、と入手しました。(あら、やっぱり知識先行ね[E:coldsweats01])
事実、柳に近い方が所持しておられたそうです。

いつかまた、茶席にておひろめいたします。
posted by しぇる at 20:00| Comment(4) | TrackBack(0) | お茶と着物3 | 更新情報をチェックする

2012年02月17日

七事式の会〜廻り炭之式

ここのところお茶関係の話題が続いております。
実際、最近は仕事以外の自由時間、お茶にすべて費やしているような、、、、

また諸般の事情でしばらくお茶にひたれない時期もあると思うので、楽しめるうちに楽しんでおこう。

本日の七事式の会のお題は「廻り炭之式」。

実はいままでこれ、実際に見たことがないのでとてもわくわく。


無学宗衍の七事式偈頌によれば「端的底看聻(たんてきていにしゃくをみよ)」。
なんのこっちゃかわからんですが、要するに炭をつぐことの極意を考えよ、ということらしい。

炉中の炭をすべてあげ、種火を1つ、灰の中に埋め込んだまま、連客がそれぞれ思うままに炭をついでいく、、、という式。

炭のはさみ方(いっぺんに3本くらいはさむこともあり)、置き方もいかに火が熾りやすく、しかも風情があるかどうか、お互いのつぎ方を見て学ぶことが趣旨。

なんといってもこの式でしか(多分)見ない巴半田、筋半田がみどころ。
(ぴお様より、後炭所望でも使われます)
巴の文字は水の卦なので、火をのせると陰陽相和してよいのだとか。

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これは乾いた灰をいれた巴半田。
火箸と底取りをいれておきます。

この「巴」を底取りでぐるっと描くのがむつかしそうです。

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(というわけで、後日させていただいた、巴描き。甲乙でいえば丙ってとこかしら)


この巴半田に、炉中の燃えさしの炭を全部上げます。

思いがけず亭主の花の札をひいてしまい、これをさせていただきました。
大汗をかきましたが、自分でやると見ているだけよりはるかに覚えられますね。
流れはだいたい後炭に準じているので、理解しやすい。

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これは湿灰をいれた筋半田。

連客は先の客が入れた炭を逆の順にこの筋半田にとりあげ、あらたに自分の思うように炭をつぎ、他の客はそれを拝見。
これを全員がします。

最後に亭主が種火を掘り起こして(ほとんど消えてるけど、、、[E:coldsweats01])後炭のように炭をついで、釜をもどして終了です。

炭斗もいつものではなく、炭台に奉書をしいたもの、炭の数もいつもの倍くらい。

皆様の炭のつぎ方はオーソドックスあり、斬新あり、炭が熾りやすそうな機能的なものありで、それぞれの美意識が問われそうです。

最初亭主が炭を全部上げる際、細かいくず炭を底取りをくるっと回してとるのがおもしろくて[E:happy02]これは何回もやりたいなあ。


この廻り炭をもって、私一応すべての七事式、体験一巡しました。
七事式の仕組みは、やればやるほどよくできているなあと感心します。

当たる役によって同じ式でも全然ちがうので、一通りやったくらいではモノにはなりませんが、本で読むのと実際経験するのとでは大違いです。ありがたい機会を得ました。
いや、七事式は楽しいなあ ♪

恒例ですが、最後は員茶之式で全員お茶をいただきました。
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そのお菓子がまたまた泣かせます。
席主様お手造りの薯蕷。
中は若草色の餡ですのよ。

どうしてこんなになめらかな薯蕷皮ができるのでしょう。
おいしくて、またまたお茶のくれる「福」の恩恵に浴しました。
シアワセ[E:heart01]
posted by しぇる at 21:00| Comment(6) | TrackBack(0) | お茶と着物3 | 更新情報をチェックする
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