2012年01月23日

弘道館月釜〜有斐斎初点式

雨上がりの御所。

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いつもはここから見える東山ももやで見えません。

例によってここに車をつっこんで、弘道館月釜へ。(どなたでも会員になれます)


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今年初めて、弘道館初点です。


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玄関には餅花が。

待合いの軸は藤原為家(定家の息子)の手になる文屋康秀の歌。


   春の日の光にあたる我なれど 頭の雪となるぞわびしき

(二条の后藤原高子が「春宮の御息所」と呼ばれていた頃、康秀を御前に召し、「日は照りながら雪の頭(かしら)に降りかかりける」という題で詠むよう命じたのに即興で答えた歌)

例によって(暗さもあって)全然よめませ〜ん。

春の日のようにはれがましくも御前にいる私ですが、頭に白髪が増えて年老いたのがわびしいかぎりです、、、、といった歌でしょう。
本席の趣向が慶応2年、玄々斎が禁裏にて御献茶および様々な品々を拝領したこと、がテーマなので、白髪云々は別としてはれがましい禁中にまかりこした玄々斎の気持ちを暗示しているのかもしれません。





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この慶長2年の献茶こそが、宮中のおせち料理のひとつであった菱花平餅(今の花びら餅)を賜り、これを裏千家初釜で使うことを許された、という記念すべき原点だったのです。

今日庵の文書のこの日の記録の最後に

「御菱花平余慶ニ付御福分候也」

御所にて拝領した花びら餅をもちかえり、裏千家の初釜に使って「福を分け」たそうな。

今ではあたりまえにわれわれもお正月に食していますが、ありがたいことですね。


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本席では幕末(弘道館の皆川淇園が生きた時代)の小笠原流の流儀にのっとり、まずは梅の砂糖漬けをあてとして、おささがふるまわれ、この花びら餅。

弘道館スタッフの手作りと思われますが、家元の初釜で使われる「川端道喜タイプ」。
つまり中の白餡がじゅるじゅる。


懐紙を袋状にして包んで食べろ、という意味がわかりました。
頭から食べていると、お尻の方から餡がとろとろこぼれてくるんです。
でもおいしかった〜![E:happy02]


お道具の主人公はその玄々斎の箱書き付きの爪紅及台子。



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軸は鏡餅の絵。
花はさきごろ活け花の未生流笹岡の家元を継いだ笹岡隆甫氏がいけた松。

この花器は唐金みたいでしたが、立ち葵の紋が入っていました。
もともと本多家の紋らしいですが、玄々斎はもとはといえば三河松平郷大給奥殿藩の御曹司、葵の御紋と無関係ではありません。


まあ、あと細かいお道具は忘れましたが、いつもは半東をされる老松(太田)さんが袴をはいて濃茶のお亭主をされたのが印象的でした。

毎回の趣向がおもしろく、いろいろ勉強させてもらえます。
淇園が生きた時代の研究も色々スタッフの方がされているので、また面白い講座もあります。
ご興味のある方は是非。
(マンションになりかけた)弘道館維持のためにもささやかなる協力もしたいですし。



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posted by しぇる at 22:02| Comment(6) | TrackBack(0) | お茶と着物3 | 更新情報をチェックする
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