2012年01月16日

小豆粥で初春を祝う会〜妙心寺・東林院

洛西は臨済の大寺、妙心寺。

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宏大な境内は迷路のような径が続き、ひとつの城郭都市のようです。

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妙心寺には学生の時からなにかとご縁があって、それほど観光客もこないので(多くが非公開塔頭)とても好きな禅寺のひとつです。


1月15日は小正月、小豆粥を食べて1年の邪気を祓い、健康を祈ります。

その小豆粥をいただきに妙心寺内、東のはしの塔頭、東林院へ。

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こちらは西川ご住職の作られる精進料理がいただける宿坊でもあり、沙羅の花でも有名です。


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禅宗のお寺のこういう簡潔なたたずまいがとても好き。
(中学生の頃は密教寺院に惹かれていた抹香臭いお子でした[E:coldsweats01])




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こちらでは毎年、1月15日の小正月ごろから1月いっぱい、予約なしで小豆粥がいただける「小豆粥で初春を祝う会」がひらかれます。


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名前を呼ばれるまで待っている間に、有名な沙羅の木のお庭をガラス越しに。
残念ながら、落葉樹ですので、枯木しか見えませんが。


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ご本尊のいらっしゃる方丈と隣接する書院で福茶と祝い菓子をいただきます。

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福茶は天目茶碗にて。
この梅茶はなんとほんのり甘い。
この塔頭での茶礼(禅宗の礼式のひとつ)はお菓子の代わりに甘いお茶をだすのだそうです。

祝い菓子は鼓月さん。
昆布、豆、柿、くわい、橙(みかん)、、、いずれもお正月のお鏡やおせちに使われるものですね。
めでたい。


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書院の奥から沙羅の庭を望む。


書院に掲げられていた額を見て、おお!

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「松老雲閑(まつおいてくもしずか)」。
臨済義玄の言葉で「曠然として自適す」と続きます。

この臨済録の言葉から、うちの茶室は名前をいただいたんです。
「雲閑」と。


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禅寺のお正月飾り。

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達磨大師の足元には仏手柑。


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土壁と踏み石の意匠がすてき。

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祝い菓子をいただいたあとは(この時点ですでにおなかいっぱい、、、)この千両の庭(中庭)を通って奥の間へ。

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千両は今が見頃。
こんなにたくさん千両が植わっているお寺ははじめてだなあ。

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そうそう、ここのお庭でとれた千両の種もいただきましたよ。



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小餅入り小豆粥、ひじきのふりかけ、大根とお揚げの炊き合わせ、昆布の揚げたもの、黒豆、青菜の芥子ぬた、香の物。

たっぷりの小豆で邪気をはらわせていただきました。

ちなみにこのお精進は数が多いので、さすがにご住職の手作りではなく近くの精進仕出しの阿じろさんのもの。



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席に着くとまずは数粒のお粥を生飯(さば)として、さしだされる生飯器に。


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生飯は禅宗の作法で、食事の前に自分の受けた食事の中から少量の生飯を分かち、鬼界の衆生に施す(施餓鬼)というもの。

そういえば禅宗ではないけれど、東大寺お水取りの時、練行衆が食事のあと屋根の上に少量のおかずを放り投げる「生飯投げ」と同じですね。
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実際は小鳥たちがついばむのでしょうか。

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廊下の端には板木。

「生死事大 無常迅速 光陰可惜 時不待人」

禅寺では、色々な行事等を知らせる為にこの板木を木槌でたたいて音を出しますが、この板木に書いてある句がたいていこの句。
元来は禅の修行者が道場に入門を乞う時に述べる挨拶語の一つだそうですが、いずれにしても歳月人を待たず、明日があると思って先延ばしにしていてはいつ突然訪れるかわからない死の前に、なすべきことをなにもなさず終わってしまうかもしれない、という警句。
胸に刻んでおこう。
お腹はいっぱいになったし[E:coldsweats01]




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表の庭にあった、ご住職手作りの沙羅の花の瓦。

そうね、初夏には沙羅の花がきれだろうし、琵琶の会や聞香の会などもあるそうなので、また来よう。


posted by しぇる at 22:41| Comment(2) | TrackBack(0) | 京都めぐり2012 | 更新情報をチェックする

2012年01月15日

嵯峨野点描

(あれれ、、、時系列がもどっちゃった[E:sweat01])
先日の続きです。

落柿舎ですっかりくつろいでうたた寝でもしたかったのですが、この季節日が落ちるのが早いので、嵯峨野散歩を続けるべく出発。





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竹林の径をとりとめもなく足が向くまま歩いてみます。

おお、祗王寺

あの紅葉が苔に散り敷く写真が印象的な、、、、、

あれ???


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いや〜ん、落ち葉すっかりきれいに掃き清められてる〜。

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まあ、これはこれできれいですが。


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お掃除、ごくろうさま。

大河ドラマでまたここも脚光をあびるでしょうね。
祗王はだれが演るのかなあ。

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ここは女性のお寺らしく、色々な種類の植物をみることができます。
花の季節はさぞかし。

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いえいえ、この寒さの中でも奇跡のように華やかな寒牡丹。



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雪囲いの風情はさすが雪のつもる嵯峨野ならでは。
そのまま琳派の絵になりそうです。



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足元を見るとバイカオウレンの群生。
早春には小さな梅に似た白い花をつけるとか。



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ひかえめで楚々としたヤブコウジ。




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この寺ゆかりの最年少の尼は仏御前、出家したのが17歳とかや。
今の精神年齢に換算しても20歳代前半、そこまで老成達観できるものなのかしら。


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庵の吉野窓。

   萌え出づるも 枯るるも同じ 野辺の草 いずれか秋に あわで果つべき  「平家物語」


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さらに竹林の径をゆく。


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堂々たる小倉山二尊院。

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紅葉の馬場、、、、って今は全然紅葉ありませんけど[E:coldsweats01]


ここには定家が小倉百人一首を選定したとされる時雨亭あとがあります。

お公家さんや豪商の菩提寺でもあるのですが、私が一番みたかったのはこれ。

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「小倉餡発祥之地」の碑。寄進 by 井筒八ッ橋。

昨年末、井筒八ッ橋北座ビルでおこなわれた和菓子の会で、井筒の社長さんがおっしゃっていたのを思い出したのです。

空海が中国から持ち帰った小豆の種を初めて植えたのがこの小倉の地だったそうで、井筒ではそれを現代によみがえらせるべく、この地で栽培した小豆を製品につかっているそうです。

さらに歩く。

ここは野宮神社。

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伊勢神宮に奉仕する斎王が、伊勢に向う前に潔斎をした「野宮(ののみや)」。


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皮のついた黒木の鳥居が古代の鳥居の様式を残しているとか。
しかし野宮といえばなんといっても源氏物語を連想。

娘の斎宮と共に伊勢へ下ることを決意する六条御息所をたずねて、源氏がおとずれる秋の野宮。
いとわびしき情景であったことでしょう。
(最近「まろ、ん?―大掴源氏物語」を読んだ。いりくんだ源氏物語の人間関係がとってもよくわかった。おもしろいです。おすすめ)


野宮にほど近く、宏大な庭園、大河内山荘があります。




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(中門・有形文化財)

映画俳優・大河内傳次郎、、、といっても、私の世代でもあまりピンとこないのですが、大正、昭和に活躍して、「丹下左膳」で一世を風靡した方です。

彼が30歳から亡くなるまで、年月をかけてこつこつ作り続けたのがこの宏大な(2万平方m)山荘。
小倉山の麓、その起伏をそのまま利用したつくりで、ちょっとしたお山巡りが楽しめるのが、南禅寺畔のお屋敷群とちがうところでしょうか。



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南禅寺畔では東山が借景ですが、こちらはもっと宏大な借景。

比叡山、大文字山、衣笠山、双ヶ岡、仁和寺の五重塔まで一望のもとに。
この胸のすくような景色がなによりのご馳走。



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それだけでなく、文化財となっている建築物群もすばらしいです。
これは大乗閣。
数寄屋、寝殿造り、書院造り、、、と伝統的建築様式をとりあわせたという建物。(中へははいれませんが)




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山を登っていくと、苔の絨毯の向こうに建物が。

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お茶室、滴水庵。
やはりこういうお屋敷には必ず茶室があるんですねえ。

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四畳半台目向切。

俳優業だけでなく、数寄者としても文化人としてもすごい人だったのがわかります。
こういう↓意匠をみると、うれしくなりますね。

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庭園の高みからふりかえると、そこには嵐山が目の前に迫ってきます。
はるかに対岸の大悲閣も見えます。

これが錦秋のころであったなら、、、、
いったいどんなすばらしい景色なのか、想像しただけでためいきがでるようです。

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この景色を胸におさめて、嵯峨野をあとにすることにしましょう。
posted by しぇる at 00:22| Comment(8) | TrackBack(0) | 京都めぐり2012 | 更新情報をチェックする

2012年01月12日

社中の初釜・壬辰(2012)

今朝の雪。

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早朝に玄関にて。

この雪持笹の柄の色留袖を、訪問着仕立てにした着物で初釜へ。

京都に越して、今のお社中に入ったのが約1年前、初釜によせてもらうのは初めてです。

先生のお宅で茶事形式でおこなわれたのですが、一体先生のおうちには、お蔵がいくつあるのかしら?[E:coldsweats02]
と思うような道具ぞろえで、もうびっくり。

写真はありませんが、あまりにもすごかったので備忘録として書いていておきたいと思います。
(記憶力が???なので、忘れたのも、記憶間違いもあるかも。お許しあれ)

待合掛が神坂雪佳のお正月の門付けの絵。

本席は紹鷗棚がでてましたね。
これのあつかいを見るのははじめてでした。

軸は圓能斎鐵中の「めて度賀祝(めでたくかしく)」。
花器が仁清写しの笙。(これは重文かなにかで本歌があったと思う)
花は蝋梅に紅白の椿。

床の中央にど〜〜〜ん!
私、初めてほんものの蓬莱飾りをまぢかで見ましたわ。
ど迫力。
(蓬莱飾り:三方の上に、白米・熨斗鮑・伊勢海老・勝栗・昆布・野老・馬尾藻(ほんだわら)・橙・鯛などを飾る)


香合が了入の赤楽船曳(船頭さんが笠をかぶっているような形)。

茶入は古瀬戸で箱書きあり。

仕覆が友湖。
(お稽古では友湖、友湖とよく言う割には本物にあまりお目にかかったことがないので貴重)
裂地は正確にはわかりませんが、江戸和久田金襴のように思いましたが。

棗は時代の扇面高蒔絵、これも箱書き有り。

茶杓は淡々斎、銘を「若草」。
(そろそろ若草山の山焼きだわ、、、)

濃茶のお茶碗は九代大樋の嶋台(大小の重ね茶碗で中がそれぞれ金と銀に塗られている)。
中の金銀がすっかりうすれて、良い感じにかせています。
大人数を先生お一人が点てられるので、その他の嶋台が数組。
私は年の功で(年だけでという説もありますが)かなり上座にいましたので、まんまと大樋でお茶をいただきました。

薄茶のお茶碗は、即全だとか了全だとか高麗だとか、もういっぱいでてきたので覚えられませんでした。
いずれにしても一つだけでりっぱに茶会の主役がはれそうなお茶碗ばかりで、、、、[E:coldsweats02]


さて、本日の主役、先生も「今日一番のご馳走」とおっしゃっていたのが、釜!

鍋のような形の大きな釜で、鐶付きが、普通は縦についているのが横向き(手付き鍋の取っ手のよう)。
鐶も横向きにかける、というおもしろいもの。
なんといっても話題をさらったのが釜の蓋。

八卦からはじまって、十干十二支60すべて:甲子(きのえね)から最後の癸亥(みずのとい)まで:そのうえ、私の知識をはるかにこえる(たぶん)陰陽五行に関わる文字(金華、天才などなど、調べてもわからんのよ)がびっしり(多分100以上あると思う)こまかく彫り込まれているのです。








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今年は壬辰(みずのえたつ)だから、その文字が書かれている方を正面にするとか?[E:coldsweats01]
おもわず自分の干支(年がばれるので秘密)をさがしたりして。

まだびっくりするのは早い。

この釜の来歴を聞いておどろくなかれ、いまから400年以前にあのへうげもの・古田織部が所持していて、明治の元勲・井上馨の手にわたっていたものなのだそうな。[E:coldsweats02][E:coldsweats02][E:coldsweats02]

一体どういうルートで先生のお手元にあるのか、おとろしくてよう聞きませんわ。

おもしろかったのは、この釜、釜鳴りが独特なんです。
普通、釜の煮える音は松風といわれるしゅ〜しゅ〜という感じなのですが、この釜ぽてぽてぽてぽて、、、という感じなんです。
まるであら、ヘリコプターがとんでいるのかしら?と思うような。
釜の形のせいなのでしょうか。
不思議〜。

点心はボリュームたっぷりの三友居さんのものに、手作りの白味噌(!!!)雑煮。
おささもいっぱい、心置きなくいただきました。


お社中の方々は、平均年齢は若い方だと思いますが(私は平均をおしあげている方にはいりますけど、、、)先生のご指導のたまもの(キビシイとかコワイともいう)でしょうか、みなさんすごくピシッとしていて、お茶へかける思いも深いようにお見受けいたします。
私もますます精進、精進。
今年は茶事をこなす、をテーマに。




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最後のくじ引きでこの象彦さんの菓子皿があたりましたの[E:happy01]
(ちなみにお菓子はついておりません)

男性の社中さんに帯揚が当たる、という一幕もありましたけれどね[E:happy02]
posted by しぇる at 23:56| Comment(6) | TrackBack(0) | お茶と着物3 | 更新情報をチェックする
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