2011年10月27日

京に住まいて、はや1年

思い起こせば1年前は引っ越しに加えて、その1週間後にひかえた娘の結婚式で、肉体的精神的疲労でぼろぼろでしたなあ、、、

それでもどちらもうれしいことだったので、今では懐かしい思い出になりました。

京都に移住して1年が経ちましたが、トータルの京都滞在時間は睡眠時間を除くとそれほど、、、というか全然!長くない。
京都loveのよそさんのほうが、よっぽどいろんなとこへ行ってはるし、よお知ってはる。

といってもこの生活スタイルはしばらく変えようもないので、せいぜい京都滞在時間を濃密に楽しもうではありませんか。

本日はつらつら、とりとめのない京都日記でございます。

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1年経った庭のホトトギス。
昨年も咲いたのですが、今年はえらく大きな株になり、たくさん花を咲かせました。



この斑点がホトトギスの胸の模様に似ていることからその名がついたとか。
でもどこかで読んだのですが、ドイツではこの斑点をヒキガエルになぞらえた名前だとか。
そ、、そういえばヒキガエルっぽいかも。[E:coldsweats02]

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切り花にして、竹の花器に。

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そのホトトギスの咲いている茶庭を茶室から。
庭もおちついてきました。
茶室は1年経ってやっと開業、、、、ってかんじです。
これからもっと使って育てていきたいです。

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花といえば、寺町通り下御霊神社前、こんな赤のミズヒキの大株発見。

すごいわ。
宝塚の庭では白はよく増えたのですが、赤はいつのまにか消えてしまって、、、
茶花として一筋他の残花といけるときりっとしまるのですが、こんな大群もよいなあ。


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着物でお出かけできる機会が増えたのも京都暮らしのいいところ。
大阪では浮いてしまう着物姿も京都では景色のひとつ。
この着物は現代に復刻した銘仙。
NHKの連ドラで樋口可南子さんがお召しだった銘仙に似てる〜、、と着てみましたが、まあ、中味の違いはいかんともしがたく、、、[E:coldsweats01]

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先日こんな葉っぱをいただきました。
タラヨウの葉です。
この葉っぱは裏にとがったもので傷をつけて字を書くと、、、
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このようにメモ代わりになるのです。
(え?字がカナクギ流だって、、、はい、悪筆なのは自覚しておりますよ)

このように紙のかわりに植物をもちいて筆記媒体にしたものを貝葉(ばいよう)というそうです。
タラヨウはりっぱな貝葉なんですね。(翌日にはもう文字はぼやけてしまいましたが)
そういえば二条大橋の西にある町家の「貝葉書房」さんってここからきてたのか。
(ちなみに貝葉書房さん、祇園祭の駒形稚児のお休みどころなんですってよ)


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お気に入りの弘道館、月釜の会員になりました。
これは会員制になって初めての茶会、「皆川淇園的」茶会の案内。
いろんな側面をもち、多種多才でいずれも一流、というスーパー文化人、学者・弘道館ゆかりの皆川淇園について楽しく勉強しながらお茶を一服。お菓子はもちろん老松さんの栗きんとん。

京都に来てから茶会への参加もぐんと数が増えました。
茶道人口が日本一多い町です。


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そして総合芸術である茶道を支える日本伝統工芸の職人の技をどこででも堪能できる町でもあります。

意外や意外、一見どこにでもいるおじちゃんおばちゃんの家に立派な茶室があって、お茶を嗜まれている、、、というのが京都です。すごいよ。

さて弘道館からの帰り、、、、え?交通規制?

そ、、そうか!
雨天順延で日曜日になった時代祭!


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迂回させられて烏丸通りを南下するはめに。
おかげで車の中から行列見ることができましたけど。

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やはりきれいどころに目が行きますよねえ。
これは皇女和宮。

ふだんなら10分ほどで帰る事ができるのに1時間かけて岡崎のおうちにたどりつくと、もう行列の先頭は平安神宮まできているではありませんか。

期せずして2回時代祭を堪能。

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あんまり祭への情熱が感じられない?
そうね、時代祭は正直あまり燃えないの(萌えないの)。


でもきれいどころはやはり見ていて楽しい。


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清少納言と紫式部。
どちらが前に座るかは年によって違うみたいです。
実際でもライバル同士だったふたりですから、そこは平等に、、、ってところでしょうか。
(少なくとも紫式部は清少納言を日記でけなしまくりですもんね)

行列が平安神宮にすいこまれたあとは、最近近くにできたcafe rokujianへ。

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ここつい最近までは廃屋みたいな町家だったんですが、いつのまにかおされなカフェに。

意外とカフェの少ないこのエリアによい感じのカフェができてありがたい。




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窓からの景色もすてき。
(蔦はお向かいの家の壁のものです)


おとなりはKampo Cultural Center


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Kampoって簡保?
と思ったら、観峰だったのね!
書道家、原田観峰の記念館がすぐ近くにあるのですが、そこがおとなりのカフェもこの文化センターも主催しているそうです。
どうりで文化センターの内容が書道教室ですもの。

え?
おまえも習った方がいいよって?
そ、、、そうね[E:coldsweats01]


最後に岡崎からご案内。
京都市主催、岡崎 あかりとアートのプロムナード明日(もう今日?)からです。

美術館、図書館、動物園、などなどが夜間開館です。
あかりの散歩道も岡崎一帯に。
ふだんは暗くなるとあっというまにしまっちゃう、このエリアのお店もおそくまで開いているそうですよ。
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京都移住1周年を記念して、あかりの夜道をそぞろあるき、どこかで乾杯でもしましょうかね。
無事に一年過ぎたことを。


posted by しぇる at 00:26| Comment(16) | TrackBack(0) | くらし | 更新情報をチェックする

2011年10月24日

鞍馬の火祭 2011

  神事にまいらっしゃ〜れ〜、、、、


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  神事にまいらっしゃ〜れ〜、、、、

神事ぶれの声、鞍馬街道の各家の篝に火がはいる。

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トックリとよばれる小さな松明を晴れ着をきた幼児がけなげにかつぐ。


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かわいらしい声で「さいれや、さいりょ〜(祭礼や祭礼)」



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深山の中、はげしい雨にもかかわらず勢いよく火をあげる街道沿いの篝火。



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少し大きい少年松明。

この子らも将来この火祭りを担うりっぱな青年氏子になって、大松明や甲斐性松明をかつくのだろうな。




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  さいれや、さいりょう〜


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今も鞍馬に残る「七仲間」という七つの住民組織のうちの一つの宿飾り(会所)。


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仲間は氏神祭礼を掌握する組織で、しかも代々世襲制。
ということは、祇園祭よりももっと色濃く血縁、地縁で結びつき、古代信仰がもっと色濃く残っているのだろう。


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各宿(会所)には剣鉾がかかげられる。


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各家が秘蔵の屏風や、先祖代々伝わってきたお宝を飾るところは祇園祭の屏風祭に似ている。

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大松明は鞍馬近隣の山でとれた柴(ツツジの小枝)、それを藤の根でしばってある。

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  さいれや、さいりょう〜



  
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  さいれや、さいりょう〜

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各仲間が宿の前で大松明に火をいれる。

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  さいれや、さいりょう〜


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鞍馬街道は雨と篝火にゆれる。


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街道筋の家々はどこも文化財級の古民家群。
まるで江戸時代の昔へタイムスリップしたような錯覚をおぼえる。


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各仲間の遣いの松明が往来し、諸礼(他の仲間と合流するときにかわされる儀式)や鉾差しが繰り返され、だんだん練り歩く松明はふくれあがる。
これはうつつの景色なのだろうか、、、

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  さいれや、さいりょう〜


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男達の背中には祭の無事を祈るお守りの南天の枝。

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下から登ってくる下の仲間の遣いを待つ上の仲間の遣いの松明。



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その昔、西暦940年、いまからざっと1070年前、御所に祀られていた由岐明神を、時の朱雀天皇は鞍馬にお遷しし、都の北の守りとされた。
その御遷宮の行列は松明、篝火、剣鉾でいろどられ1kmも続いたという。

その記憶をずっとこの深山で、火祭りとして守り続けた鞍馬のひとびと。


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このたたずまいを、篝火や松明のあかりで見る、、、これだけで来た価値があると思う。




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家の前にはお年寄りが床机をだしてこしかけて、小さい子どもたちは松明の周りではしゃぎながら、思い思いに松明の往来を眺める。
先祖代々が守ってきた祭祀、という誇りをみながもっておられるのだろう。

祭のクライマックスは由岐神社の階段下に大小100以上の松明が集まって最後の諸礼を行うところ。


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その火の中を二基の神輿が駆け下りてくる。


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神輿が御旅所に安置されるまで、祭礼はまだまだ深更におよんで続くが、ここはひとまずお先に失礼しよう。
鞍馬の神火をみた高揚した気分のまま。
posted by しぇる at 22:23| Comment(6) | TrackBack(0) | 京のお祭 | 更新情報をチェックする

2011年10月21日

高山寺・遺香庵〜懐かしの金堂

もうじき紅葉の季節になると訪れる人がぐっと多くなる高雄〜栂尾ですが、今まだ早いので、それほど人の姿はみかけません、
高山寺

普段は非公開の茶室、遺香庵が11月6日まで特別公開中。
(駐車場、11月から有料になるらしいので、行くなら今かもよ)

高山寺は学生時代、心茶会でよくお世話になり、とても懐かしくてなじみのあるお寺なんです。
夏休みには1週間、法鼓台道場に合宿して、禅僧のような生活(作務、座禅、食事も応量器を1週間洗わずに使う)をしていましたし、茶会前になると青竹を伐り出しにノコギリを持っておじゃましたものです。

いつも入山するのは裏参道。
「心茶会っす!」といえばフリーパスでしたが、さすがに今はできませんわねえ。[E:coldsweats01]

国宝の石水院は何度も来ているので、あとで回るとしてスルー。



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まずは遺香庵待合い。
少し小高いところにあります。

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なんと言っても目をひくのはこの鐘ですね。

遺香庵は昭和6年、高山寺の実質的開山、明恵上人の700年遠忌を記念して、その遺香を伝えるために建てられたという茶室なのですが、この鐘にはそれに関わった人たちの名前がずらりと刻まれています。

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一番目立つ場所には設計をした高橋箒庵(益田鈍翁とおなじく実業家であり数寄者)の名前。
その他にもビッグネームがつらつらと並んでいます。(住友、野村、益田、根津などなど)
これをさがすのも楽しいかも。


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こちら、作庭を担当した7代目小川治兵衛さんのお名前。

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遺香庵の内露地にはいっていきましょう。


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蹲居には一足早く紅葉した葉が。

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遺香庵、小間の躙り口。
こちらは四畳台目のお茶室です。
躙り口の右にある花頭窓は禅宗寺院にはよくみる意匠ですが、茶室につかわれるのは珍しいそうです。




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色紙窓、中柱、桂離宮の「月」の襖引き手を思わせる曲線の給仕口。
天井も真(平天井)行(掛込天井)草(落天井)。(あら、写真に写ってませんね[E:coldsweats01]ゴメン)
小間の茶室はかくありなん、というお手本のようだわ。


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陰翳礼賛。
こんな点前座にすわってお茶を点ててみたい。


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小間をぐるりとまわると、隣接するのは八畳の広間の茶室。


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このころから大寄せ茶会というものがはやりましたから、八畳はどうしても必要だったのでしょう。

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こちらの欄間の意匠が山の形。
なんでも明恵上人が修行された山(名前忘れた)を表しているそうです。

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小間と広間をつなぐ鎖の間と水屋。
実際ここは茶会などで使われるのでしょうか。
使い勝手がよさそうな小間広間の関係ですねえ。(つい亭主目線)

さて遺香庵をあとにして、さらに石段を登っていきます。




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まあああ、、、なつかしい、ウン十年ぶりの道場、ちっともかわらないのね。
ここで毎夏1週間お泊まりだったのです。
今でも学生の特別接心会、ここで行われているようです。

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昭和30年代に作られた、高山寺に伝わる古文書、宝物をおさめる法鼓台文庫。
平成17年にはこの中におさめられていた葛籠から、南方熊楠の書簡が発見されたそうです。


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金堂へ続く道。
特別接心会では1日に何回も坐禅をしに金堂までのぼるのですが、早朝と夕暮れの坐では懐中電灯持参でこの道を行き来しなくてはなりませんでした。

あまりの暗さに道に迷いかけたり、得体の知れない動物の声がこわかったり、、、
それでもそんな聖なる山に包まれた中での参禅はまた格別でしたね。
とくに早朝、まだ薄暗いうちから初めて、少しずつ白んでくるあたりの景色を見るのが好きだったことを思い出しました。
長いこと忘れていたな、そんなこと。


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金堂への道の途中に明恵上人の御廟があるのですが、そこの前庭にある、上人遺訓の「阿留辺幾夜宇和(あるべきようは)」石碑。




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仏足石しるべの向こうに、金堂が見えてきました。



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仏足石はこちら。
お釈迦様を慕われた明恵上人が作らせた物だそうですが、これは明治以降の再建。

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ふう、、やっと金堂が見えてきた。

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この中で坐禅させていただいたのですから、今から思えばありがたいことです。
普段は中、はいれませんから。

記憶が少しあいまいなのですが、たしか坐禅と坐禅の間に経行(きんひん)といって、一時坐禅を解いてお堂の外をぐるぐる雁行して回る、というのがありました。(足のしびれをなおすには必須!)


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これがそのぐるぐるまわった床。
(まあ、当時のものではないでしょうが)
懐かしさに思わずすりすりしてしまう。

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おお、この閼伽棚も覚えているわ。
だんだん速度をあげていくので最後は小走りになるため、これにぶつかりそうでこわかった。

最終日に先輩に全員がおもいっきし警索でたたかれたっけ。
(あれ打ち方が上手だとそんなに痛くないんです。私が打ったひとはさぞ痛かったでしょうなあ、、、)

、、、、で、なにか悟ったかって?
[E:coldsweats01]
いや、多分、なんにも、、、
不明にして、修行の成果はトホホ、、、、です。


高山寺初めての方は、国宝石水院(鎌倉時代の建築)もお忘れなく。




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こんなかわいいお坊ちゃん(善財童子ですけど)がお迎えしてくれますよ。
(ちなみに明恵上人は善財童子を敬愛されていたそうです)


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明恵上人も樹上でお待ちしています。

もう一つ、忘れちゃならないのがこちら。

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栄西禅師が、宋から持ち帰った茶の実を明恵上人に贈り、上人はこれを栽培し広めました。
お茶が禅の修行の妨げになる眠気を覚ますことに気づいて推奨したらしいですが、おかげで現代の私たちもお茶の功徳にあずかれる、ということですね。



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古くから宇治の茶業家は上人の遺徳をしのび、毎年11月8日に自家製の新茶を献上、献茶式がおこなわれるそうです。


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この季節、つつましやかな茶の花をちらほら見ることができました。
posted by しぇる at 20:00| Comment(18) | TrackBack(0) | お茶と着物・2 | 更新情報をチェックする
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