2011年07月18日

祇園祭・神幸祭〜神輿渡御 2011

昨年はまだ京都市民ではありませんでしたが、東へひっこされるちゃみ様の送別会を兼ねて、御旅所から八坂神社へ神様がお帰りになる還幸祭を見ました。

あれは四条寺町の御旅所前でしたが、それに先立つ、三基の神輿におのりになった神様が御旅所へおでましになる儀式・神幸祭は八坂神社にて。

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山鉾巡行の日の夕方6時におこなわれる神輿渡御の出発式の前に、どこからともなく法被をきたお兄さん、おぢさん方が。

下半身は七分丈のステテコ型から、半パン型、まれに締め込み褌と多種多様。
日ごろは種々の本業につかれている方々ながら、このときばかりはみなさん、生まれつきの輿丁(神輿をかつぐひと)に見えて、五割増しくらい男ぶりがあがってますね〜。


京都通のかたはすでにご存知でしょうが、祇園祭のクライマックスは実は山鉾巡行ではなくて、この神輿渡御なんですよ〜。
巡行はいわば、御旅所においでになる神様のための露払いのようなものなのです。

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西日をもろに浴びる祇園石段下、日焼け覚悟で待っていると、八坂神社の正門・南楼門からおでましの神輿先行の宮本組(のちに述べます清々講社の筆頭)神宝奉持列、豊園社御真榊行列。


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あ、一度お姿を拝見したかった久世駒形稚児さんだ。

遠すぎて、よくミエマセン[E:sad]

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かすかに胸に下げた駒形=ご神体が見えます。
久世の綾戸国中神社(南区久世上久世町)の氏子から選ばれたお稚児さんで、(長刀鉾のお稚児さんでさえ、正五位の位だけですが、)神様の依り代なので、=神様そのものなんです。
だから皇族ですら下馬する八坂神社境内も下馬されないんです。


そして、これからおこなわれる神輿渡御の三基のうち、素戔嗚尊鎮座される中御座神輿を先導されるのです。


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続いて三基の神輿と、先ほどの五割増し男前の上がった輿丁さんたちがわらわらとくりだしてきます。



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石段下に神輿勢揃いです。

神輿一つにつき担ぎ手400人(交代要員もいれて)ですから、およそ1200人の男達の大集合。
迫力あります。


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神輿は差し上げ(2トンの神輿を高くあげる)
差し回し(回転させる)、ゆさぶりなど激しく動かされ、男達の熱気ムンムンで、そうこうするうちに観客の方も引き込まれ、祭アドレナリン分泌がおこるんですねえ。
宗教儀式って本来そういうものかもしれませんが、私もまんまとのっちゃいました。
いっしょに拍手しながら、ホイットホイット!




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その総勢1200人が一瞬厳かな静けさにつつまれる出発のお祓いの時。


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そしていよいよ出発!

石段下でひとしきり差し上げ、差し回しをしたのち、三基それぞれのルートで氏子中を周り、最終的に9時半頃四条の御旅所に安座されるはず。

神幸祭では鴨川の東側がメインのルートですが、のちの還幸祭では西側がメインになるのです。

朝からの巡行観覧に、さすがに疲れて御旅所までお供はできないなあ、、と歩いて帰る道すがら、まあ、なんと何回もいろんな場所で神輿に出会いました。ルートが帰路にかぶってるんでしたね。




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東御座(櫛稲田姫命)の四若さん。
花見小路あたりで。

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舞妓はんといえば必ず連想する白川の辰巳稲荷の前。
ここで小休止らしく、色っぽい花街風の女将さんがお茶(ビール?)をさしいれて皆さん一休み。
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これは縄手のあたり。
中御座の三若さん。

のんびりそうに見えますが、けっこうなスピードです。
細い道だと、ぶつからんばかりでかなり危険です。
すごく迫力あるけれど。




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いつも通勤に愛用している京阪三条の前でも再び三若さんに遭遇。
こんなおちびちゃんのころから参加しているのですから、将来もずっと祇園祭の担い手になってほしいですね。


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日も暮れてきましたが、三条大橋の上はすごい熱気です。



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神輿のあとには神官さんの乗られた輿と清々講社の行列が続きます。

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清々講社とは、八坂神社の氏子区域全域にわたる旧25学区からなる町衆組織だそうで、明治の初め、寄町制度廃止とともに経済的危機に陥った鉾町を救済するためにたちあげられた募金組織だとか。

ここにもすざまじい、京の町衆の祇園さんにかける情熱の歴史を見たような気がします。

この行列をお見送りして、今日はお別れ、家路につきました。


posted by しぇる at 21:16| Comment(10) | TrackBack(0) | 祇園祭2011 | 更新情報をチェックする

巡行のあとの鉾町点描2011

学生の頃初めて山鉾巡行を見た私は感激して、どこまでも最後の鉾の後をついていったものでした。

鉾町にたどりつくと、そこには独特の風情があって、これにもいたく感動した記憶があります。

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なので今度も巡行をおえた山鉾が帰ってくる鉾町を見に行きましょう。


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ここは鯉山の会所。
鯉山は後祭巡行なのでまだ帰ってきていません。
鉾が切り離されるとこんな感じになるのね。

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山伏山ではもう解体がはじまっています。

祇園祭の鉾はもともと御霊会のためのもの、御霊=悪霊・災厄を移し宿らせることで諸国の穢れを祓ったといういわれのものなので、御霊の宿った物はいつまでもおいておかないで、さっさと片付けないといけないのです。


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しばらくして行ってみたら、山伏山、もうこんなになって、ご神体も会所の二階におもどりです。

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会所の一階では、山をひいていた学生アルバイトとおぼしき若者がお食事中。


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そうこうするうちに、四条通から室町通りへかえってきた菊水鉾が見えてきました。


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ここは直角にまわらないといけないので、思いがけずミニ辻回しを見ることができました。


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少しずつ少しずつ、水をまいた竹の上をすべらせて方向を変えてゆきます。

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そして狭い室町通りを凱旋。
広い通りでみてきた巡行のことを思うと、この狭い通りを、電線をよけながら屋根に気をつけながら行く鉾は、より風情があるんです。





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お囃子の調子が変わって、しばらくすると鉾はドックと連結。
そして三本締めで拍手。
炎天下を休みはほぼなしの数時間の巡行、ご苦労様でした。




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鯉山もご帰還です。

室町を北上すると次から次へと山鉾が帰ってくるのを見ることができます。


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黒主山。

ちなみに左手の浴衣姿の方は老舗の帯問屋、誉田屋源兵衛の社長さんです。
「ようがんばった!」とみんなを激励しておられました。




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帰ってきた浄妙山。

こうしてみると、室町にもマンションがふえたんですね。



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役行者山。





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たちまち解体にとりかかっています。

あとに余情を残すでもなく、未練もなしにさくさく片付ける手際はむしろすがすがしいです。
明日からは鉾町はもとの姿にもどるのでしょうが、今度このあたりを歩くときは、この風情を思い出しながら歩いてみようと思う。


さあ、いよいよ夕方は三基の神輿にのられた神様が御旅所におでましになる神幸祭だあ!
posted by しぇる at 00:59| Comment(12) | TrackBack(0) | 祇園祭2011 | 更新情報をチェックする
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