2011年06月22日

吉田山逍遙

吉田山大茶会にいきましたので、この際です、ついでに吉田山の懐かしいあたりを逍遙。

とはいえ、けっこう広いのです、吉田山。

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茶会の開かれている境内から山を登っていくと、緑の中にあざやかな朱の鳥居。

2月の節分祭には茶菓がふるまわれるお菓子の神様、田道間守(たじまもり)を祀る菓祖神社です。

どんどん登っていくとぱあ〜っと開ける吉田山遊園地(?)
お隣は吉田児童館。(学童保育)


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あら、、、、だれもいませんねえ。
子供が小さい頃、よく、、、というほどでもありませんが、ここで遊ばせていました。
こんな人気のない山の中の児童館って、通うのに恐くないんだろうか、、、と当時から思っていましたが、環境は抜群ですね。

さらに行くと、、、、


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旧制三高生の愛唱歌、「紅もゆる丘の花」の碑。

京大入試の合格発表の日、合格した感激を胸にここをたずね、♪紅萌ゆる、、、、を高歌放吟した思い出のあるかたも多いのではないかしら。

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同じく三高生の愛唱歌、「琵琶湖周航の歌」とともに、京大生、OBが集まればなんだかんだで口をついてでてくる格調高い文語調の歌詞。
(そういえば結婚式のときもやっちまったなあ[E:coldsweats01])

いまは遠き遠き「青春」を思い出してしまふ。





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さてせっかくここまで来たのだから、久々に茂庵さんへ行こうではないか。

吉田山の東側、神楽岡通りからのルートでしか行ったことがなく、以前吉田神社からいくルートの途中で迷子になって、たどり着けなかった記憶があるので、今度こそは吉田神社ルートを解明しようと、、、

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こ〜んな人気のない薄暗い山中を歩くので、ほんとうにこの先に茂庵があるのかすごく心細くなってきます。

でも、今回は小さい「茂庵」の札を発見したのでやっとたどりつきました。

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大正時代の数寄者、谷川茂次郎が吉田山に築いた広大な数寄の舞台。
なんとかつては茶室8席もあったそうです。

現在残っているのがこの茂庵(生活棟)と茶室「静閑亭」と「田舎席」のみ。

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なんというのでしょう、この建物。
小学校の木造校舎を思い出させますね。(歳バレバレ)

2階のカフェのごちそうはなんといっても正面にど〜んと大きく見える大文字山。

でもあんのじょう、カフェの方は満員で待たないとはいれないので、今回はスルーしました。
(前回の訪問時の記事はこちら

今回は反対に神楽岡の方へ降りていきます。

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お茶室清閑亭。
こちらでは気楽な予約不要の月釜もされているそうです。




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こちらは待合い。
中をのぞいてみると腰掛け待合いのようで、お茶室も茂次郎のころは立礼席がメインだったとか。


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どんどん神楽岡の方へ降りていきます。


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これが田舎亭なのかな?
普通の家みたいですけれど。
ちょっと荒れている感じが残念です。


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なんとこの建物には楼台がついていました。
ここで月など眺めながら野点でも楽しまれたのでしょう。
数寄ですねえ、、、、、




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藤棚とおぼしきアーチをくぐると、そこは茂庵の神楽岡ルートの入り口になります。

ここでは、こんなたたずまいが楽しめます。


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大正時代の建物。
当時京大の教官の官舎として建てられた一群の仕舞屋。
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反対側から。

当時はこういう建物にもお金の掛けられる、精神的に豊かな時代だったのでしょう。
現在の住人さんたちの、ていねいにお住まいの様子がうかがえるようなたたずまいです。

実は京都の家探しの折、ここにも来たのです。
建物は美しいし、大文字は目の前で風景抜群、、、、

ただし、断念したのはこれです。


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この階段。

今はよくても、これから歳を重ねていくので、この階段はちょっときついよな〜、、、、であえなく却下となりました。

こちらにお住まいのみなさま、老いも若きもきっと御健脚であらせられるにちがいありません。


posted by しぇる at 23:45| Comment(8) | TrackBack(0) | 京都めぐり1 | 更新情報をチェックする
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