2011年05月30日

(とりいそぎ?)茶室開き

実家から両親がでてきましたので、母からもらった茶道具のお披露目もかねて、プチ茶会でもてなそうと思いました。

当日はお昼頃わが家へ到着予定なので、午前中化粧もせずだらだらしておりましたら、いきなり「もうすぐそこに来ている。」と電話が。

ええ〜?!
まだお菓子も用意しとらんよ〜[E:coldsweats02]

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とりあえず、玄関はこんな花でお迎えして、雨の中、一番近くの上生菓子屋さん、平安殿さんへ走る。


道具一式は前日に用意していたので、なんとかセーフ。

雪の日にいきなりある茶人宅を尋ねたら、急な来訪にもかかわらず、茶の湯の即妙のもてなしをしたことに利休が感心した逸話を思い出します。
まあ、これは続きのオチがあるのですが、いつでももてなしができるように、釜の湯は絶やさぬこと、、はかつて茶人の当然のたしなみだったのでしょう。
現代生活でそれは無理にしても、ちょっと心得がたりませんでしたわね。(もっと早起きすべきだったわ)




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前日の水屋。

やっと水屋のこまごました道具もそろってきて、「らしく」なってきました。
それにしても本などで理解していたつもりでも、実際やるとなると本当に大変。
勉強しないといけないことが山ほどあるんです。

軸のかけ方、しまい方(あの紐のかけ方がねえ、、、)ひとつとっても中途半端でわかってなかったです。
実際体と手を動かさないとわからないことがどれだけあることか。

道具を清めて、部屋を掃除して清めて、花をあしらい、菓子を手配する。
昔は火を熾すことも、軸をかけることも日常生活の一部だったはず。

「茶道とは人間生活全体と密接にむすびついた生活様式そのもの」と、その著書、「わびの茶道」のなかで久松真一先生が書いておられた言葉の意味を身を以て理解したような気がしました。


”狭隘なるささやかな住居の中で、宗教的にも、道徳的にも、礼儀作法的にも、芸術的にも、食事から掃除に至るまでも、良く洗練された文化的生活”なのです。”(「わびの茶道」より)

禅僧の作務もまた然り。
house choreをこなすこともまた修行。



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濃茶と続き薄でもてなすことに。

あ、風炉は今はまだ電熱ね[E:coldsweats01]

点てる方も洋服で、足が悪い母のために少々作法とちがう仕儀にあいなりましたが、それでもこの茶室で初めて茶で、人をもてなしました。
なので、一応記念すべき「茶室開き」なのです。



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軸は久松真一(抱石)の「松老雲閑(まつおいてくもしずか)」。
臨済録から。
「曠然自適(こうねんとしてじてきす)」と続きます。

両親の老境、かくあれと。

花は原種に近い小振りのテッセン。(三条京阪のお花屋さんでもとめました。けっこう茶花に使える花材おいています)

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お菓子は「水牡丹」(平安殿)。

いずれも母が使っていた茶道具でもてなすことができてよかった、と思います。

パソコンに今日の記念すべき初茶会の茶会記を記録していれました。
「しぇる屋会記(?)」がこれからどんどん増えていきますように。

それにしても、お茶の道は険しいのう、、、、


posted by しぇる at 21:35| Comment(32) | TrackBack(0) | お茶と着物・2 | 更新情報をチェックする
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